前門の虎、後門の狼











魅上はイライラと目の前の光景を見つめた。
自分の主に向かって一方的に撒き散らされているピンクのオーラは、魅上にとって有害この上ない。

こんな女、主の許しさえあればすぐにでも息の根を止めてやるのに。

魅上は鋭い視線で主の右腕にべったり貼りつく女を睨み付けた。
視線で人を殺せるのならば、軽く三百回は惨殺しているはずだ。
確かにプロポーションはいいし、そこそこ名の売れたアイドルであったらしいこともあって顔もそう悪くはない。
しかし肌も露わな服装と、キャピキャピとしたいかにも頭の悪そうな言動は、彼の神の隣に立つものにふさわしいものだとは到底思えなかった。
死神の目を二回も交換した二代目キラだかなんだか知らないが、デスノートの記憶を無くした今はお荷物でしかない。
念願のキラからのコンタクトを受け、喜び勇んでアメリカに飛んだまでは良かった。
初めて目にした自分の神が、強く、美しく、聡明で、どこかはかない彼のようなひとであったことに感動し、一生の忠誠を誓ったまでは最高であった。
それが、彼についてやってきた、彼の滞在しているホテルのロイヤルスイートにこんな落し穴が待っていようとは。
疑いがかかるから、と彼から殺せない説明を受けてはいるが、目の前の不快な光景にいつまで耐えられるのか、正直自信が持てない。
ふと、どうしてこんなにも彼と女が密着した様子を不快に感じるのか疑問が頭によぎった。
自分にとって神に等しい存在だといえ、彼も人だ。
人間の欲求としての性欲はもちろんあるだろうし、彼が誰と付き合い、その欲求を満たしたからといって、彼自身の思想が変わらない限り神として何の不都合もなければ関係もない。 実際、彼のようなうつくしい人を周囲が放っておくはずがないだろう、きっと経験は豊富であるに違いない。
彼が隣の誰かに甘やかな笑みを浮かべる様を想像すると、それだけで胸にどす黒い感情が吹き荒れる。
結局、魅上はそれを、自分の神にふさわしくない人間が隣に立つのが不快であるからだと結論づけた。
思考の間も女をじっと睨み付けていると、ようやく視線を感じたのか、紹介の時以来こちらに目もくれなかった女が睨みかえしてきた。

「もーっ!一体何なのよ!
初対面の時からずぅっとミサのことすっごい目で睨んできてさ!
どっか行くかと思ったら、ずっとそこに居座ってるし…。
久しぶりに月と会えたのに…これから月はミサとイチャイチャするんだから!
今から月とミサはキスもそれ以上もするのーっ!!
早く出て行ってーっ!」

「ミサ…魅上さんは僕の大事な協力者なんだ。
失礼な事は言わないでくれないか。
それに悪いけど、ミサとゆっくりできる時間がないんだ。」

ベタベタされていた時から迷惑そうにしていた主が、ヒステリーを起こしたらしい女を困ったようにたしなめている。
魅上は眉をしかめて口を開いた。

「照と呼んで下さい。」

「……………は?」

主がぽかんとした表情でこちらを見つめている。
そんな表情をしていても、彼はどこか可愛らしい。
やはり神だからだろうか?(関係無い)
うっとりと月を見つめ返して、魅神は続けた。

「彼女のことはミサと名前を呼び捨てているのでしょう?
私も照と呼んで下さい。」
「あ…ああ……」

突然の要求に、月は戸惑った返事を返した。
代わりに、先程のやりとりを完全無視した魅上の様子に大きく反応したのはミサだ。
あっけにとられている月をソファに押し倒すと、馬乗りになって魅上に叫んだ。

「ちょっとあんた、人の話ちゃんと聞いてたの?!もう我慢できないー!
ほらっ、これから月とミサはするんだから今すぐ出てってーっ!!」

「ちょっ…ミサ!何するんだ、やめろ!」

さすがに焦った月が力ずくでミサを自分の上からのけようとするが、完全に頭にきて興奮状態になっているミサを止めることができない。
ついに月のズボンのジッパーまで手を掛けたミサを凍らせたのは、次にかけられた魅上の言葉だった。
それは共に向けられた、そこらの一般人なら思わずチビってしまうような絶対零度の視線よりも、はるかな威力を持ってもたらされた。

「どうして私が君の言う事を聞かねばならないんだ?
私はここで見ているから、どうぞ何でもやってくれ。
月様の感じる顔を見られるのなら、それもいいかもしれないが…。」

このうつくしい神の乱れる姿は、きっとさらに美しいものに違いない。
魅上は恍惚とした表情で、脳裏に妖艶な神の姿を思い浮かべる。
最後の一言は無意識の独り言であったらしい、消え入りそうな小声だったが、静まり返った室内では十分聞き取れた。
月は自分の顔から音をたてて血の気がひいてゆくのを感じた。
こんな事はアレを相手にしていた時以来である。
数十秒経ってようやく硬直の溶けたミサが、顔を引きつらせて絶叫した。

「このっ…変態ーーっ!!
顔はいいし、まともそうに見えたからまさかとは思ったけど…あいつそっくりじゃない!
薄々似てるとは感じてたけど、月を舐めるような目で見たり、ミサを睨み付けたり…。
挙げ句の果ては、月とミサのプライベートまで踏み込んでこようとするなんて、まるきりあいつじゃん!!
何でこんな変態ばっかり月によってくるのよ!
月に近づかないでーっ!
月はミサのものなんだからー!」

「…………あいつ?」

訝しげに聞き返す魅上をよそに、ミサの次に取った行動は素早かった。

「…んっ…うむぅ……」

驚きに目を見開く月におかまいなしに覆いかぶさり、傍目からも舌が入っていると一目で分かる濃厚なキスを見せ付ける。
ちらりと魅上を見やったミサの視線は、所有権を主張し、優越感に満ちたものだった。
プツン、とどこかで何かが切れた音がした。
さっきまで怪訝そうな表情を浮かべていた魅上の顔が、スッと能面のような無表情に変わる。
下手に整っている分、人形じみて見えて、その冷酷さが際立った。
先程何をしてもいいと言った自らの言葉とは裏腹に、魅上の心中は荒れ狂っていた。
何故、あんな軽そうな女に主の所有権を主張されるのを黙って見ていなければならないのか。
地位、財力、容姿、頭脳、どれをとっても他ならぬ自分こそが彼に最もふさわしい。
彼のためなら何だってできるというのなら、自分だってそうであるし、死神の目も既に手に入れているが、望まれればあと何回でも交換できる。
あんな女は邪魔なだけだ。
そうだ、彼もあの女のことを迷惑そうにしていたではないか。
自分は彼に選ばれたのだ、出目川の時のように彼を理解し、彼に成り代わって彼の望みを叶えなければならない。
疑いの件だって何のことはない、自分がニアとメロとかいう主を追い掛け回す不届き者をさっさと始末すればいいだけの話だ。
素早くきびすを返した魅上に嫌な予感が走り、月はあわててミサを押し退けて後を追う。
追い付いた先には、玄関に置いたままだった荷物からデスノートを取出し、ぞっとするほど冷たく微笑む魅上がそこにいた。

「魅上さん、何してるんだ…やめてください!」

その意図を察して月が叫ぶが、自分の世界に入りこんでいるのか月の声も聞こえない様子で、魅上が着ていた黒シャツの胸ポケットから万年筆を取り出す。
ここでミサを殺されてしまっては、今までの苦労は何だったのか分からない。
月は急いで魅上に駆け寄り、その腕に全力で縋りついた。

「魅上さん!魅上さんっ!…照っ!
やめろっ!やめるんだ、僕の言うことが聞けないのかーっ!!」

必死でしがみ付いていると、ふと魅上の動きが止まった。
おそるおそる上目遣いで見上げれば、こちらをうっとりと見下ろす視線とぶつかる。
魅上は先程とは打って変わった嬉しげな笑顔を浮かべていた。

「やっと、名前で呼んで下さいましたね。」

心底嬉しそうだ。

「わかったから、それはもう…やめてくれるね?」

月が引きつった笑顔で尋ねれば、両手に持ったデスノートと万年筆を見比べて、魅上は軽く首を傾げた。

「あれ…私は一体何を…。
何故デスノートを持っているんだ…?」

これではまるで、今から誰かを殺そうとしていたようではないか。

しきりに首をひねっている魅上に隠れて、月はこっそりと安堵の息を洩らした。
どうやら暴走時の記憶はないらしい。
しかし、これからに思いを馳せると今度はこれ以上なく重い溜め息がこぼれる。
自分はもしかしたらとんでもない人物を選んでしまったのかもしれない。
Lにも散々苦労させられたが、自覚があったぶんあちらの方がまだましというものである。
それに、少なくとも衝動的にミサを殺される心配はしなくてよかったはずだ。
とりあえずそれ以上考えることを放棄したのか、名前を呼ばれた喜びににこにこと顔を綻ばせた魅上を見上げて、月はもう一度深く息を吐いた。



















現在照月フィーバー中!
あれ、おかしいな…なんだか魅上が変な人に……。(汗
思いっきり偽物ですみませんーっ!!(逃亡








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2005.10.27