手錠











目覚めたら、手錠で繋がれていました。
月は、呆然としたままの思考で現在の自分の状態をそう表した。
目の前には、お前、そんなキャラだったか?と疑いたくなるような全開の笑顔の部下(目下キラ見習い中)。


ええと、落ち着け落ち着くんだ僕、新世界の神ともあろうものが朝起きて部下(のはずの人物)と手錠に繋がれていたぐらいで動揺するんじゃない!このぐらいのことがなんだ、よくあることだろう大体人と繋がれること自体は二度目だしまずは冷静に状況を整理するんだ夜神月。


普通、起きたら手錠で繋がれていて、動揺しない人間はいない。
この状況を異常と判断していないあたり既にかなりの動揺具合を示しているのだが、それにも気付かず月は目覚めるまでの経過を反芻した。
確か、捜査本部の面々を口先三寸で丸め込んで、有力な手がかりを持つ協力者という名目で照を本部に迎え入れた。
初めは多少ならず不信感を抱いていた面々も、照の聡明さ、有能さに序々に警戒を解きはじめ、その的確な指示がかつてのLを彷彿とさせるのか、今ではすっかり信頼しきっている。
相変わらずニアやメロとは睨み合いを続けているが、照の援護で月の計画も順調に進み、昨日はようやく久方ぶりの惰眠を貪ろうと本部に用いているホテルのベッドへ倒れこんだ。
そして、起きたらコレである。
もちろん眠りにつく前はこんな状態ではなかったはずだ。
月は自分の右手と、部下の左手とを堅く繋ぐ手錠に、うんざりと視線を這わせた。
件の部下はそんな月の胸中をよそに、クールキャラにあるまじき爽やかな笑顔を惜し気もなく晒し続けている。
思わず溜め息が零れるのも、仕方ないというものだ。
しかもこの手錠、かなり短い。
前回Lが使っていたものは生活に支障がないよう、それなりの長さがあったが、今回のソレは日本警察が通常使用している両手首を拘束する短いタイプのものだ。
おそらくその開きは15センチもない。

一体、どういうつもりであるのか。

十中八九、この事態は、目の前の嬉しくてたまらない、といった様子の男が引き起こしたものであろう。
まだ出会って日の浅い、短い付き合いの間柄ではある。
が、月は思い込んだら何をするか分からない、この男の非常識ぶりを、既によく理解していた(させられていたともいう)。

「―――…で?これは一体どういう事なのかな?」

ハァ、と重い溜め息をつきながら、月は尋ねた。
間髪入れずに上機嫌な返答が返される。

「松田さんから聞きました。
月様は容疑を晴らすために、先代のLと手錠で身体を繋いで生活していたことがあるそうですね。
相沢さんも一応は納得したとはいえ、まだあなたへの疑いを完全に捨て去ったわけではない。
ならば、再びこうして身を拘束し、その潔白を証明するのが一番手っ取り早い。
敵であった先代Lと繋がれておいて、あなたへの絶対の忠誠を誓う私と繋がれないということはないでしょう。」

「あのね…その考え方でいくと、繋がれる相手は別に松田さんでも相沢さんでも構わないだろう?
それに君は左手だからまだいいかもしれないが、僕は右手なんだ。
この手錠の短さでは日常生活に支障がでる。」

月は呆れ返った表情で反論した。

「彼らからは十分な信頼を得ています。
それに何より、私はあなたの味方だ。これ以上ない適任でしょう。
安心してください、食事もトイレも入浴も、しっかり補助させていただきますので。」

そう生真面目な口調でのたまった後、何を思い浮べたのか、照はその整った口元をだらしなく緩ませた。

補助って、一体何の補助だ。

力一杯ツッコミたかったが、考えるも恐ろしい照曰くの『補助』の詳細を説明されそうだったので、寸でのところで口をつぐむ。
誰も、新婚よろしくあーんと食物を口元まで運ばれたり、性器に手を添えて排尿を促されたり、全身を泡だらけにされて洗われる、幼児のような扱いを受ける自分の姿を聞かされたくはない。
前回Lにそれらの行為を強要されそうになったのは、月の胸の内だけの秘密である。
こいつ、薄々怪しいとは思っていたが……月は今度こそ身の危険を確信した。
このまま済し崩し的に手錠生活を送らされることだけは、断固阻止せねばならない。
幼子をたしなめるような優しい口調で、暴走しがちな部下を諭す。

「照…たしか君は僕に忠誠を誓ってくれたんだったね?
なら、今すぐにこれを外んだ。
まだ他の人達もこの事は知らないんだろう?
疑いのことはもういい。
それよりもこれでは上手く動けない、その方が問題だ。」

「それはできません。」

即答だった。
月は思わず半眼になって睨んだが、照はおかまいなしに続けた。

「何故、Lがあなたにした事を私がしてはならないのですか?
Lなら許せて、私には許さないなど認められません。」

結局、そこなのか。

月は心中で頭を抱えた。
要するに、月にLよりも優遇されたいのだ、この男は。
捜査の参考にする、と他の捜査員からかつての月とLの様子を根掘り葉掘り聞き出す。
そして、事あるごとにLへの態度と、自分へのそれを比較し、月を問い詰める。
日課のように、つい昨日も行なわれていたその問答を思い出すだけで、頭が痛い。

「これなら、あなたの傍にずっといられる。
いつでもどこでも、あなたを守り、あなたの意志を理解し、あなたの望みを叶えることができる。
それに…。」

「…それに?」

まだあるのか?

うっとりとした表情で紡がれる言葉に、いつでもどこでもって外でもこのままでいるつもりかLもそこまでひどくなかったぞだの、僕の意志を理解するって今できてないだろてか今理解しろだの、内心で激しいツッコミを入れつつ、月は続きを促した。

「鍵はもう必要ないものですから、捨てました。
外したくても、外せません。」

な…に…?…捨て…た?

女性ならば誰でも魅了されてしまうだろう、華やかな笑顔で、特大の爆弾が投下された。
優秀きわまりない月の頭脳が、一瞬完璧に停止した。
が、このままいいようにされてしまってはいけない、と気力を振り絞って頭をめぐらせる。
この手だけは使いたくなかったのだが…悩みぬいた末に、ようやく月はその重い口を開いた。

「もし、これを外してくれるなら…一つだけ、君の言うことを何でも聞こう。
だから、頼むから、これをなんとかしてくれないか…。」

「………。」

長い沈黙が、スイートの広い寝室に漂った。

まさかまさかまさか…。
いくら何でも、本当に捨てたなんてことはないだろう……いや、こいつならやりかねない…。

時間とともに、月の白皙の美貌から更に血の気が引いてゆく。
実際には数分のことであったが、月にとっては気が遠くなるほど長く感じられた。
先程までの笑顔はどこへやら、普段捜査本部で見せるよりも余程真剣な表情で、額に険しく眉を寄せた照がようやく答えを返す。

「それでは…貴方から私にキスしてください。」

「……………は?」

深刻な照の様子に、固唾を呑んで緊張していた月は、呆然として聞き返した。
デスノートの所有権の完全放棄や、キラの座の譲渡を要求されるかと危惧していたのだが、それは全くの杞憂に過ぎなかったようだ。
しかし今度は別の不安に、また月の顔色が悪くなった。

「だから、あなたから私にキスしてくださいと言っているんです。」

「君は…僕に忠誠を誓ってたんじゃなかったのか?」

とても敬っているようには見えない。

「もちろん、私の神はあなただけだ。
あなたのためならば、何を犠牲にすることも厭わない。
だからこそ、あなたに求められていると感じたい。
まさか、あの女にできて、同じあなたの眼である私にはできない、と…?」

照が切れ長の瞳を眇めて月を見つめる。
あの女とはミサのことか…。
どうやら今度はミサに張り合っているらしい。
自分の唯一認めた神が、自分以外に寵愛を向けるのは許せないようだ。
この様子では折れることは絶対にないだろう…月は覚悟を決めた。

「…わかった。じゃあ、もう少し屈んで…。」

ベッドに腰掛けて月に身体を傾ける照の肩を、自由な左手で引き寄せる。
近づくすっきりと整った理知的な美貌に、ぎゅっと堅く目を瞑って、震える唇を寄せた。
小鳥がついばむような、触れるだけの口付けをかわす。
ふと、頭の片隅で、そういえば自分からキスするのは初めてだな…と思考がかすめた。
思えば、いつも月は受け身であった。
ミサにしろ、その前の恋人達にしろ、キスもそれ以上も求めてくるのは彼女達で、月から相手を求めたことなど一度もない。
月自身も淡泊であったし、月の類い稀な美貌に、近寄る者は後を経たなかったため、その必要もなかった。
ぼんやりとそんなことを考えながら、唇をそっと離す。
が、いくらも離れないうちに再び激しく口付けられて、それ以上顔を離すことは叶わなかった。
先程の触れるだけの可愛らしいものとは違い、全てを奪いつくさんと、口腔内を熱い舌が我がもの顔で這いまわる。

「…んっ……ふ…ぅん………っ」

縮こまる舌を追い回し、ねっとりと絡めとられて、ゾクリと快感が走った。
右腕で強くかき抱かれ、月の背筋がしなる。
月を翻弄する男は、熱にうかされた双眸でうっとりと月を見つめていた。

ヤバイ…このままじゃ流される……

月は焦って、自由の聞く左手をサイドテーブルにがむしゃらに伸ばした。
そのまま確認もせずに、掴んだものを照の頭に振り下ろす。

ゴスッ。

照の頭が鈍い音を立てた。
夢中で月の唇を貪り、何時の間に脱がせたのか、はだけたシャツの中に手を這わせていた照が、がくんと月の上に崩れ落ちる。
月は素早く照の身体を探って、銀色に光る小さな鍵を取り出した。
手錠を外すと、ぴくりとも動かない照をそのままに、脱兎のごとく寝室を飛び出す。
まだ誰もいないリビングに到達し、ソファに深く腰を下ろしたところで、月はようやく安堵の息を吐いた。

「まったく…何なんだあいつは…。」

きっと、耳まで真っ赤に染まった顔も、やけにドキドキと速く鼓動を刻む自分の心臓も、暴走する部下への動揺に違いない。
しばらくは照も目覚めることはないだろう。
今だ早鐘のように打っている鼓動を落ち着けようと、月はゆっくりと目蓋を閉じた。



















照月同盟参加記念で、書いてみました。
同盟参加者様に限り、フリー配布致します。
報告不要でございます。
どうぞ煮るなり焼くなり叩くなり、お好きになさって下さいませ!
ていうかその前にこんなモンを身請けしてくださる方がいらっしゃるのか…いやその前にこんな辺境まで来てくださってる方がいらっしゃるのか……誰も貰ってくださらなかったらどうしよう……。(死
まぁ、感謝御礼とそれを表すただの自己満足のブツなんで、その場合はひっそりここで放置プレイしときます。(爆








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2005.11.11