堕ちた女王はどうなったか











ぴちょん

どこかで水の跳ねる音がする。

ぴちょん

遠く近く、狂いそうなほど規則正しい一定のリズムでもって、鼓膜を震わす、音。

ぴちょん

湿った土のにおい。ほこりっぽくじめじめとして、限りなく陰欝な。

ぴちょん

ここはどこだ?

ぴくり、夜神月はしろいまぶたを震わせた。
うすい皮のしたであまい紅茶いろの眼球を忙しなく動かして、びくびくと痙攣させる。

開かない。

ああ、僕は今、目を閉じていたのか。

ようやくそのことに思いあたり、月はほっと安堵の吐息をもらした。
目を閉じているのか、開いているのか、或いは全き闇の中にいるのかさえ定かではなかったのだから、そのささやかな実感は月にとってはかけがえのないものに思われた。
ひとつひとつ、手探りで確かめるように意識を集中する。
急速に自分という存在がかたちづくられてゆく気がした。
どうやら自分は仰向けに横たわっているらしい。
背にはごつごつとした感触、未だ借り物のように重い腕をのばせばやはり土、砂、小石の存在が感じ取られた。
ひっかくように指を曲げれば、ざりり、と爪の間に土が入る感触がする。

気色悪い。

思えば月はこの感触が大嫌いだった。
小学校のときも、中学校のときも、高校のときも、掃除やボランティアの草引きの後には狂ったように手を洗い、奥まで入り込んだ異物を掻き出そうと躍起になったものだ。

いっしょうけんめいやって、夜神くんはえらいわね

爪の間を真っ黒にして一心に取り組む姿はよく教師に誉められた。
本当はいやでいやでたまらなかった。だって入り込んだ土を全く綺麗に取り去ることはできない。
ただ生来真面目な性であったから、要領良く手を抜くことができなかっただけで。

異物。

そうだ、自分は今回もまた、綺麗に整えられた指先に無遠慮に入り込んできた異物を取り除くことができなかった。
敗北したのだ。
ゆっくりと思い出す。
自分を断罪する、誰かによく似たそれでいて全く異質の黒々とした深淵。
憤りに燃える瞳、力が入りすぎて震える手で向けられた銃口。
無様に助けを求め喘ぐ姿を見下ろす、非難そして哀れみを含んだ視線の檻。

「……ふ…くっ…ハ、あははははっ」

乾ききってひび割れた嘲りが喉をほとばしった。
滑稽、なんと愉快で滑稽なことだろう!
なんともあっけなく幕は下ろされたのだ。他でもない全てのはじまりの手によって。

さらり

「……っ」

抑え難い衝動に身を任せていると、それを宥めるように月の亜麻色の髪をやんわりと梳く指があった。
瞬時に背筋に緊張がはしり、弛緩していた身体が警戒に強張る。
気付かなかった。
はじめから傍らにあったのか、いつのまにか寄ってきていたのか。
どちらにしろ、今の今までその気配を全くもって気取らせなかった。
無遠慮な指先は月の緊張などに頓着せず、柔らかな猫っ毛を弄び、すっきりと整った鼻筋をたどり、やがて赤く艶やかな唇に辿り着くと執拗にそのかたちをなぞる。
長くしなやかで筋張った、男の手だった。

ここは、どこだ?

そして月の思考はループする。
あの、世界から忘れ去られた倉庫ではないだろう。
山中に捨てられたのか。
ならこの指は?まだ意志の力が及ぶらしい自分の身体は何なのか?記憶が正しければ、自分は死神によって殺されたはずだ。
目を。
目を開ければ、少なくとも今よりは状況が把握できるだろう。
ただ現実を直視する勇気がないだけだ。
それに今更それをしたところで何の意味があるというのか。
敗北した。それが全てだ。
そう、もう何も考える必要はない。考えたところで時間の無駄にしかならないのだから。
強張りを解き、ふっと全身の力を抜く。
頭を撫でる武骨でひろい手のひら、くちびるを撫ぜる長いゆび。受け入れれば何のことはない。
撫でられるのは気持ちが良かった。自然、かたく引き結ばれていた口元がやわらかくほころぶ。
まるで本当の猫になったようだ。
月の態度の変化を感じ取ったのか、頭上でクスリと笑い声がさざめいた。

「おはよう、愛しいひと」

誰だろう?低く甘く、頭の芯まで響く声。聞き覚えがない。

「あなたは神ではなく、ただの愚かな人間に過ぎなかった……これは私にとって歓ぶべきことだったのか否か。
しかしそれももうどうでもいい。
ここにあなたと二人、永遠にあるのなら」

何事かを睦事のように熱心に囁かれるが、何を言われているのかはよく分からなかった。
ただ耳元で響く声が心地よい。

「目を開けて私を見てはくれないのですか?
…あなたはいつだって私を見ない。」

責めるような声に促されて、うすく目蓋を持ち上げる。
不思議だ、さっきは開かなかったのに。
ゆっくりと目を開けるが、やわらかい闇が広がるばかりだ。
世界はゆがんでぼやけている。

ぴちょん

音にひかれて視線を横に逸らすと、まばゆい光に襲われた。
しばらく目をこらし、光と闇に慣れさせる。

ぴちょん

小さな泉、その際に生えた小さな花の尖った葉先からしずくが滴っていた。
光源は泉のようだ。不思議なことにそれ自体が発光している。
奇妙な場所だった。生命の息吹を全く感じ取れない。
泉のほとりのひとすじのいのち、それ以外には雑草の一本もなかった。
岩、石、土、砂、あるのはそれだけだ。

「私を見て」

不意に声の主が沈黙を破った。
頭上を真っすぐ見上げる。
白く整った男性的な容貌、切れ長の漆黒が満足気に細められた。
肩より長めの艶やかな黒髪が、見下ろす所作に従ってさらりと流れる。
なんだ?僕をののしったあの時とは随分違うな。
そんなことをつらつらと思いながら吐き捨てるように呼んだ。

「……魅上」

「はい」

「ここ…は?」

嬉しげにしなった口元、魅上はゆっくりと答えた。

「……さあ?強いて言うと死後の世界でしょうか。腹も空かなければ喉の渇きもない。」

「デスノートを使った者は天国にも地獄にも行けない……僕は…死んだのか」

魅上は目を眇めた。

「はい。私もあの倉庫を離れ監禁された後、見張りの隙をついて奪った拳銃で自害しました。」

「…そう」

自分が死んだことも、魅上が自ら命を絶ったことを聞かされても、何の感慨も浮かばなかった。

「………他には?」

此処が死後の世界だというのなら、レイ・ペンパーや高田はどうなったのだろう。

「いません。ここには私とあなたの二人だけ。」

「………そう」

もうどうでもいい。
ただ、渇いた疲れだけが全身を満たしている。

「これからは、私だけ見てください」

男が頭上で、何処か歪んだ、けれどこの上なく美しい笑みを浮かべた。



















本編後妄想です。
ぴちょん君クッション見ながら思いつきました。(爆
ぴちょん君のエアコン買ったら突然、これ人間入ってんじゃないの…(ガタブル)(ホラ、よくあるじゃないですか!受けが誕生日に差出人不明の巨大な箱を開けると、中から攻めが飛び出してきて僕がプレゼント☆って!)(ねぇよ)みたいな巨大な箱が届いて、何事かと思えばでっけぇぴちょん君ぬいぐるみが当たった……。(いらヌェー!
もはやクッションと化してます(´∀`)
死神界イメージしたけど挫折…つうか照月に挫折…発つ鳥後を濁さず、L月は死後もまだ萌える余地有りだったけど、照月は完全否定ですから…………………。。死
そして久々の更新が尻切れとんぼですんません………爆
他に更新できるのっていえば絶対服従命令のアリキアならあるけど、見たい人全くないだろうしな爆

御影








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2006.05.08