狂信者の謡う讃美歌:前編













「月様」

控えめなノックの後に続く、低く落ち着いた男の声。
…………またか。
PCのモニターに向けていた顔を上げ、月は僅かにその整った眉を寄せた。
これから始まる行為を思うと、全身を嫌悪が走る。
けれど、今は耐えねばならない。この男にはまだ働いてもらわなくては。
月はそう自分に言い聞かせながら、入室許可を求めるそれに短く答えた。

「…入れ。」

「失礼します」

静かに開いたドアから覗く、見慣れた長身。
堂々とした体躯にはしなやかな筋肉が張り付いており、多忙な中でもジム通いを欠かさないことでその理想的な体型を維持しているのは知っている。
有名国立大卒業後、検事という職に就いて着実にキャリアを築いてきたためか、艶やかな髪と同じ漆黒の双眸には知性と余裕が滲んでいた。
若干思い込みの激しいきらいもあるが、判断力や理解力、応用力にも優れ機転も効く。そして何より、従順だ。
普通デスノートのような力を持てばなにがしかの欲を持つものだが、この男は月に対し絶対服従の姿勢を崩すことが無い。
魅上 照。
月にとって、これほど理想に叶う協力者はなかった。
Lから続く因縁を絶つ、ニアとの最後の闘いに勝てたのも、この男の働きに拠る所が大きい。
現在表向きは、月は日本警察に戻り父と同じ捜査一課の刑事に、魅上は検事を続けながら、インターネット等を介して適性審査で選別したキラ信者達の組織化を行っている。
彼らを世界各地域の統率者とすることでキラの意思を隅々まで浸透させ、世界を正しく導かねばならない。
さすがに月一人では手の回りきらない組織の体系化においても、的確に動ける魅上は重宝だった。 けれど。
月は目の前に立つ美丈夫に、冷たい視線を投げた。
………まともな人間のような顔をするな。異常者のくせに。
心の中で忌ま忌ましく吐き捨てる。

「…月様」

自分の名を呼ぶ声が、僅かに熱を孕み始めていた。
おそらく今の自分は酷く蔑むような顔をしているはずだが、男は気にすることなくうっとりとこちらを見詰めている。
このまま存在を無視していたとしても、声をかけられるまで飽きもせずにずっとそうして立ち尽くしているのだろう。
容易に想像がついて、月は深い溜息を吐いた。
嫌な事は早く終わらせるに限る。

「…………僕は忙しい。さっさと済ませろ」

「はっ…ありがとうございます……」

うんざりとした表情を隠さないまま命ずると、魅上が喜々として月の足元へ傅く。
そして恭しく月の片足を捧げ持ち、スリッパを抜き取ると、魅上は何の躊躇いもなく現れた白い脚にくちづけた。

「んっ………」

僅かに月が息を詰める。
魅上の愛撫は巧みだった。
熱く肉厚な長い舌がぬるぬると指先を搦め捕り、吸い付き、かと思えば指の股を優しく擽ってゆく。 けれどどんなに巧みな愛撫を施されても、月が快感を煽られることはなかった。

「ああ…っ……月様………」

熱に浮かされたようにうっとりと自分の名を繰り返す魅上を、嘲りを含んで見下ろす。
立派な体躯を誇る完璧な男が足元に跪き、恍惚とした表情で自分の足を舐めしゃぶっている異常な光景には、確かに僅かな優越を感じなくもない。が、ノーマルな嗜好の月とってはやはり生理的な嫌悪が先に立った。
先程風呂を出たばかりとはいえ、喜々として人の足を舐めしゃぶるなどと気が知れない。
プライドの欠片もない。まるで犬のようだ。
例え誰のものであっても、自分に同じ真似は到底できそうになかった。
この男は月より余程神経質で潔癖症であったはずだが、よくも嬉々として出来るものだ。
しかも、この男は。
月はぐっと眉間に皺を寄せ、嫌悪も顕わにうっとりと月を見上げる魅上を睨んだ。
この男は、月の足を舐めしゃぶりながら興奮しているのだ。
スーツから着替えたのか、魅上の恰好はブランド物の黒いシャツにブラックジーンズを合わせたラフなものだったが、細身のジーンズのためか下半身が窮屈そうに張り詰めているのが容易に見て取れる。
端正だが男性的で精悍な顔は微かに紅潮し、切れ長の黒瞳は欲情に浮かされていた。
火傷しそうな熱を宿したその瞳を見る度に、月の背筋をゾッと悪寒が伝う。
初めてこの瞳を見た時のことを思い出しながら、月は憂鬱に浸った。



半年前から魅上の申し出により、月は魅上と生活を供にしていた。
炊事や洗濯、掃除等の家事全般を魅上が進んで請け負ったし、何よりキラ支援組織を早急にまとめるためには、連絡が取りやすい状況は望ましかったので、月にも異存は無かったのだ。
それまで二人の生活には何の問題もなかった。
けれど、一月程の前の事だっただろうか。
異変は起こった。
いや、月が異変を見付けてしまったと言った方が正しいのかもしれない。
その日、予定より早く帰宅した月は、在宅しているようなのに一向に姿の見えない魅上を訝しんだ。 先に帰宅している時は必ず月を出迎える魅上が顔を出さないという事は、何かあったに違いない。
朝は特に体調が悪そうな様子は見受けられなかったし、最悪の場合、再びキラを追う者が出現した可能性もある。
何者かの侵入も懸念し、月は出来得る限り気配を殺して魅上の自室へ向かった。
そして周囲を警戒しつつ僅かに開いた戸の隙間から中を覗き込んで、月は驚愕に目を見開いた。
そこにいたのは、息を荒げた魅上だった。
ベッドの縁に腰掛け、握り締めた何かに顔を擦り寄せながら、激しく自身を扱いている。
緩めたズボンからそそり立つ太く赤黒い剛直は幾つも筋を浮かせて、擦られる度にぬちゅぬちゅと卑猥な音を立てていた。
他人の秘事を覗き見るなど誉められたことではない。
しかし、何もなければそれでいいと踵を返しかけた月の背中を、譫言のように自分の名を呼ぶ声が引き留めた。

「…ハ、…はあ…っ………ラ、イト、様……月様、月様……私の月様……ああ、…」

思わず視線を戻してみれば、やはり確かに魅上が恍惚と己の名を呼びながら自慰に耽っている。
よく注意すれば、魅上が顔を押し付けているのは月が好んで身につけていたストライプのシャツだった。
あまりのおぞましさに、ぞわっと全身が総毛立つ。
魅上の熱に浮かされた、どこか正気ではない瞳を見て、月は直感した。
これは、危険だ。はやく息の根を止めなければ。
でなければ、いつか喰われてしまう。何もかも奪い尽くされてしまう。
脳裏で五月蝿いほどの警鐘が鳴り響き、本能的な恐怖が全身を支配する。
けれど月の優れた理性は、こんな時でも素早く利害の算出に働いた。
いずれ何らかの障害になる可能性を考えるとここで殺しておいてもよいが、今から代わりを見つけるのは手間も時間もかかり、何より同等の働きができる者を見つけられる可能性は限りなく低い。
それらを考慮すると、組織を設立、運営する上でまだこの男を失うわけにはいかなかった。
寧ろ、これはチャンスではないのか?
更に魅上を自分に傾倒させる事ができれば、より都合の良い駒となるのでは?
女を騙すのと同じ、簡単なことだ。ただ少し我慢すればいい。
そう結論に到達すると、月の行動は素早かった。

「何をしている、魅上」

キィと微かな軋みを上げて扉が押し開けられる。

「ッ…!……月様…!」

弾かれたように顔を上げた魅上が、月の姿を認めて愕然と瞳を見開いた。

「何をしているのかと聞いている」

月が静かに再度問い掛けると、魅上は身繕いもせずにその足元に這いつくばった。
額を床に擦りつけんばかりに頭を下げ、月に平伏す。
鍛え上げられ、広くひきしまった男の背中が大きく震えていた。

「申し訳ありませんでした…ッ!
神を愚弄つもりなどはけして無かったのです!
ご不快にさせたのでしたら、もう二度といたしません。
私の顔も見たくなければ、すぐに此処を出ます。死ねとおっしゃるのならば今すぐ死にます。
……ですからどうか、お赦しを………!」

「………」

魅上は何よりも、月にその存在を否定される事を恐れているようだった。
惨めに赦しを請う男を見下ろす。
月は、自分が一番魅力的に映ると熟知している微笑みを浮かべた。

「……僕に、触れたいのか?」

「…!そんな、滅相もありません……」

「いいよ、触っても」

「月、様……?」

ハッと魅上が月を見上げる。
月は殊更妖艶に微笑みかけた。

「その代わり、僕に永遠の忠誠を誓え。
僕の為に生きて、僕の為に死ね。
……誓えるか?」

「そのような事、御命令などされなくとも…!」

「…ただし、触れてもいいのは体の一部だけだ。
唇以外の、服に隠れない場所。痕を残すのは許さない。
僕が許可した時以外僕に触れてはならないし、私物にも触れてはならない。
………それを守れるなら、お前の好きにしていいんだよ、照?」

「…………月様……。」

魅上がゴクリと息を呑む。
その日、魅上は犬のような四つん這いの姿勢で恍惚と月の足を舐めしゃぶりながら、果てた。
自身に触れもせずに人の足を舐めるだけで欲情するその姿は、月にとって醜悪以外の何物でもない。
自分が許容した以上ある程度覚悟はしていたが、思いもよらない変質的な行動をとられて月は思わずその秀麗な顔を嫌悪に引き攣らせた。
厭うそぶりを見せてはまずかったかと不安が脳裏を掠めたが、それは杞憂に終わり、寧ろ月が嫌悪を現わにするほど、魅上の興奮は高まるようだった。
以来、月は遠慮することなく振る舞うようにしている。
そしてそれ以降、魅上が月の自室を訪れる度にこの異常な行為は儀式めいて続けられていた。



ちゅくっと軽い音を立てて魅上が月の足から唇を離す。

「……………ッ!」

一人物思いに沈んでいた月は、その音にはっと我に返った。
月を欲情に潤んだ瞳で見上げながら、魅上がいつもより低く甘ったるい声音で睦言を囁くかのように儀式の終わりを告げる。

「はあ……月様、有難うございました………」

「………」

月がちらりと魅上の下肢に冷たい視線を送ると、そこはもう限界が近いのだろう、無理に窮屈なところへ押し込められて今にもボタンを弾き飛ばしそうな程ジーンズの布地を押し上げていた。
しかし魅上は差し迫った自分の状態に何ら頓着することなく、持参していたお湯で湿らせた暖かいタオルで自らが汚した月の足を清める事に全神経を注いでいる。
始めの時以来、魅上が月の前で自分の欲望を処理することは無かった。
おそらく月のために配慮しているのだろうが、それなら足を舐めるなどと変態のような行為こそやめてもらいたいと月は心の中でそう毒づく。
たしかに自分から持ち掛けたことではあるが、それはこんな事をされるとは夢にも思っていなかったからだ。普通の嗜好の人間ならば、生理的嫌悪を感じずにはいられない行為。
だから最初のあの時、魅上の取った行動があまりにも予想の範囲外すぎて、拒否することすらままならなかった。
けれど。
変質的な行為に没頭するくせに紳士的な男は、こうして月に対する尊重を忘れる事が無いから、月は未だに拒否の言葉を口にできずにいる。
これさえなければ魅上は有能だし信用が置ける。こうして定期的に欲求を解消してやるためか、暴走してそれ以上の行為に踏み込みそうな気配も危険もない。
ならばやはりこのまま月が耐えることが新世界にとっても、一番都合が良いことなのだろう。

「………それでは、失礼致しました」

月の足を満足のゆくまで清めあげ、元通りにスリッパまで履かせた魅上が、うやうやしく頭を垂れて静かに退室していく。
おそらくこれから一人欲望を処理するのだろう、美しく完璧な男の惨めな姿を想像すると、優越感に月の重い胸の内が僅かに晴れた。
これから魅上と自分はどうなるのか。
このままですむはずがないと頭の隅で冷静な思考が諭すが、邪魔になれば今までのように切り捨てればいいだけのことだ。
じわじわと胸に渦巻く嫌な予感を振り払って、それ以上の思考を放棄した月は、再びパソコンのモニターへと意識を向けた。



















あああああ本当は前後揃えてUPするつもりだったのにー!
間に合いませんでした…でも月ちゃんの誕生日だからUP。こんなんで本当に祝ってんのか疑問やけども。(爆)
月ちゃん全然陵辱されてないじゃん!というお方はこれから月ちゃんは大変な事になるのでご安心ください^^(ぇ
ただ…いつになるかわかりませんが…。
しかし、あの条件で月ちゃんは何されるの覚悟してたんでしょうね?手握るとか?あ、手コ(強制終了
あと照は月ちゃんに対してはMも許容ですが基本Mじゃありません。多分。
でもどちらにしろ変態やけど…。

御影








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2008.02.28