09.あいしてるよ?:01











「…ぐ、…………」

急速に意識が引き戻される感覚に、照は低い呻きを洩らした
ガンガンと響く頭が、割れそうに痛い。
鈍い頭を軽く振って体を起こそうと身を捩れば、腕に引きつれるような痛みが走った。
頭上でじゃらりと重い金属音がして、鎖か何かで手首をきつく拘束されているのだと悟る。
ゆっくり瞳を開けて周囲を見渡せば、染み一つない真っ白な壁が目に入った。

「………………。」

どうやら自分の寝かされているらしいベッドの他には、何の家具もないようだ。
冷静に頭上に目をやれば、案の定、黒く鈍い光を放つ鎖で堅く縛られた手首が見えた。
それほど広くもない部屋には、出入口は正面のドアが一つ。それだけ。
あとは窓一つなく、壁も床もベッドも全てが白、白、白。
黒のタートルネックとズボンを纏った全身黒ずくめの己だけが、異分子のように浮いてみえる。
全く、憶えのない場所だった。
当然だ、こうして拘束されているということは、おそらく自分は神を追う連中に囚われたのだろう。
しかし…いくら考えても、未だ回り切らぬ頭では直前までの行動を回想することは叶わなかった。

神は、あの方は、無事なのだろうか。

一向に把握できない状況に、次第に焦りが募る。
心を占めるのはあの、はかなく、気高く、美しい神のことだけだ。
自分が囚われたということは、神の身にも危険が迫っているに違いないだろう…せめて、自分が拉致された状況だけでも思い出せたなら、その安否を推測することもできるのだが…。
神の危機かもしれぬというのに、こんなところでのうのうと閉じ込められている自分の無能さに吐き気がする。
あまりの憤りにギリ、と噛み締めた唇から、鉄臭い味が口内に広がった。

「…やあ、照。気分はどう?」

「…!」

どのくらいそうしていたのだろうか、不意に響いた涼やかな声音が、白い無音を切り裂いて照の耳に届けられた。
誰よりも焦がれた、他ならぬ神の、声。
弾かれたように顔を上げれば、優雅な仕草で扉を閉めた彼の神が、艶然と微笑む様が見てとれた。

「…神!何故このような所に……。」

驚愕に目を見開く。
何時の間にこの部屋に入ったのか、全く気配に気付かなかった。
まさか、御自ら自分如きを救いに来てくださったというのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい、それより神の身は無事なのか…!

「お怪我はッ?…ご無事なのですか‥!」

勢い込んで尋ねると、彼は大きな瞳を見開いて、ことり、と小首を傾げてみせた。

「……怪我?何の事だ?」

素早く視線を走らせて、こちらへゆっくりと歩み寄る神の、しなやかな肢体の隅々にまで何の異常もないことを確認する。
その、本当に何のことを言われているのかわからない、というようなあどけない表情に、照はそっと安堵の息を洩らした。

「………貴方の身に何も無くて良かった…。」

彼が無事ならば、それでいい。
その他の事など、照には何の興味もなければ関心もない。
しかし、彼に何の異常もないというのなら、何故彼が敵の手に墜ちたはずの自分の前にいるのだろうか?
安堵すると共に、神の安否を前にすっかりと押しやられていた疑問が改めて気に掛かった。

「それで…どうして貴方がこのような所に?
私を捕らえた者達はどうしたのですか?
ここは、一体…。」

「だから、捕らえた者達って?」

「は、……?」

どういうことだろうか?

自分を捕らえた者がいないというのなら、今のこの状況は何なのか。
神の示唆するところが、いまいち上手く飲み込めない。
意図を測りかね、小さく眉根を寄せた照に、月は堪えきれないようにくすくすと軽やかな笑い声をたてた。

「……神?」

困惑を多分に含んだ呼び掛けに、ひとしきり笑いを収めて、月が柔らかく瞳を綻ばせる。
色素の薄い、紅茶色のあまい瞳が、照に微笑んでいた。

「ここには、僕とお前しか、いない。…まだ、思い出せないのか?」

「………。」

その言葉に、やはり思い当たることはなく、照は無言の肯定と、問い掛ける視線を彼の神へと向ける。
月は悪戯っぽく目を細めると、再び歩みを進めた。
もうそこまで近づいていた二人の距離が、また一歩、ゆっくりと縮められる。

「……僕のマンションで、コーヒーを飲んだだろう?
薬、少し多かったのかもしれないな。
初めて使ったから、よく加減が分からなくて…。」

「……な、…っ」

照は驚愕に息を呑んだ。
その様を見て、月が無邪気な笑顔を浮かべる。
長い睫毛をひとつ、震わせて、月はゆっくりと唇を開いた。

「僕が、ここに照を閉じ込めた。」

予想もしなかった神の言葉に、照はただ呆然と、その白く美しい容貌を見上げていた。
自分とは対照的に全身に白を纏った彼は、この閉じられた白い世界に溶け込むようで、どこまでも白く白く、眩しかった。
ついに照の横たわるベッドと月との距離はゼロになり、ぎしりとスプリングをきしませながら、月が片足を乗り上げる。
ゆったりとしたオフホワイトのV字セーターから覗く肌は、陶器のようにさらに白く、ほんのりと赤らんだ細い首筋が艶めかしい。

「…な…ぜ……こんなことを…?」

「…さあ?何でだと思う…?」

ぎし、と更に身体を乗り上げて、月は華奢な上半身を照の引き締まった腹筋の上に覆い被らせた。
至近距離で見える、愉しげに吊り上がった赤い唇から、さらに紅い舌がちろりとのぞき、照の背筋にぞくりとしたものが走る。
先程の邪気の欠けらもない微笑みから一転して、毒々しい妖艶さを放つ彼の神の表情から、目をそらすことができなかった。



















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2006.01.23