青い薔薇











「ルーク」

やわらかい日差しが彼の髪を透かして、きらきらと瞬く。
彼をかたちづくる輪郭がぼんやりと光を放っているかのようだった。

「ルーク、」

私は唇を舌で湿らせて、再度彼の名を呼ぶ。
午後の日差しのあたたかい、皇帝の統べるうつくしい温室で立ち尽くす彼ははかなく、まるで何か神聖なものであるかのようで――――馬鹿な。私は神を信じない。
やけに喉が渇いていた。

「…ルーク。聞こえませんか?そんな間抜け面をさげてつっ立っていられると迷惑です。早くお座りなさい。」

「ああ?!うっせーな、分かってるよ!」

冷たい声で諭すと、すっかりいつもの調子に戻った彼がずかずか肩を怒らせてこちらに歩み寄ってくる。
小さなティーテーブルを挟んで、どかりと華奢な椅子に腰を下ろした彼からわずかに視線を逸らした。
すっかり冷めてしまった紅茶をひとくち啜る。
幸いにも、味など何も感じられなかった。

「……何を見ていたのですか?」

「え?」

彼に気付かれない程度に目を逸らしたままで、問うた。

「じっと、見ていたでしょう。」

「うん、ああ…別に、バチカルの屋敷に似てるなって思っただけ。ペールも元はマルクトにいたからかな。」

そう言って彼は、くるりと辺りを見回す。
この温室は譜業装置で完璧に制御され、年中いろとりどりの花が咲き乱れている。
皇帝に献上するため、特別に開発された品種の花もあった。
残念ながら、そのうつくしさが私の心を慰めることはなかったが。
しかし当の皇帝は、この場所が大層お気に入りらしい。
私達の一行は物資調達のため、グランコクマに数日の滞在予定で立ち寄ったのだが、よりによってそれを皇帝が耳聡く聞き付けた。
そうしてここに私と彼を呼び付け、はや一時間。
茶会をしようと言い出した本人は、未だ姿を現わす気配すらなかった。

「特に、アレ。綺麗だから見てた。」

彼の声に促されて、つと最も日当たり良く配置された一画に目を向ける。

「……ああ、」

ひっそりとひとりきりで佇む碧い、薔薇。
いっぱいに陽光を浴びていても、どこか寂しげな影が付き纏っていた。

「…きれい。だけど、かなしい。」

翠の瞳が微かに切なく細められる。

「…あれはね、ルーク。
マルクトの植物研究者達が皇帝に献上するために、特殊な譜術を用いて造った花です。
自然界に青い薔薇は存在しません。ひとを愉しませるためだけに、ひとの手で創り出されたものです。
元は普通の赤い薔薇だったものを、無理矢理歪めて青くするんですよ。
だから、寿命がとても短い。
たった一週間で枯れてしまいます。不自然なものですから種さえ遺さない。」

「一週間で……」

「私もただの無駄だと思いますが。
皇帝は殊にコレを寵愛なさっているようで、作らせ続けています。
…どうせここを訪れることなど、月に数回もないのにね。」

紅い譜眼をくつり、と自嘲に歪める。
外ならぬフォミクリー開発者の私が、何を偉そうに語る資格があるのか。
けれど思い詰めたように青い薔薇に見入る彼を眺めているうちに、ふとあなたに似ていますね、と尋ねたくなって堪らなくなる。
心の深淵から酷く残虐な衝動がぞろり、と這い出してきていた。
あなたに似ていると思いませんか?
ひとの思惑で身勝手に創り出され、身勝手に棄てられ、そして何も遺すことなく音素に還ってゆく。
フォミクリーは私が負わねばならぬ最大の罪でしょう。
しかし、そのお陰であなたが産まれたのならば、あなたに出会えたというのなら、わたしは―――。

「………ジェイド?」

訝しげに彼が私の顔を窺っている。
私は普段被り続けている仮面ではなく、しんじつこころからの微笑みを浮かべてみせた。

「…いえ、わたしもひとだったのですね。」

「…?そんなのあたりまえだろ。」

「ええ…」

私もピオニーやヴァンと何一つかわらない。
青い薔薇を咲かせ続けるピオニー。
ルークを創り、そして惜し気もなく棄てたヴァン。
人間など、所詮は身勝手な生き物なのだ。
自分の望みのためならば、他がどうなろうと構うことなどない。
そして先生を造ろうと無謀な夢を抱いて幾千の哀しい生命を作り出した私は、どうやらルークを創ったことを悔いてはいないようだった。ひいては、フォミクリーを創り出したことを。
たとえ創られた本人がどのような苦しみにもがくことになったとしても。
これは、完璧なエゴだ。

「つーか、あの人自分で呼んどいてまだ来ねーのかよ!どんだけ待たせんだっつーの!」

「どうせ仕事をしろと大臣達に捕まっているんでしょう。
まだ二時間はかかるんじゃないですか?」

「マジかよ…」

「おそらく。さて、お茶を入れ直してきましょうか。
すっかり冷めてしまいましたからね。」

彼が頭を抱えてティーテーブルに突っ伏した。
クッキーやキャンディーの盛られた小皿が、衝撃にかちゃりと音を立てる。
私はいつもの薄笑いを口許に張り付け直して、冷めた紅茶を入れ直すために静かに席を立った。



















携帯館の方で薦められたので書いてみました
なんだか要領を得ない話に…ジェイドさん偽者度MAXでごめんなさいいいいいいいいいい!!!(スライディング土下座
僭越ながらお勧め頂けたsabuさまに捧げます!
こんなんでものっそ申し訳ない…。(死
でも次はピオルクも書いてみたいなーハァハァ(*´д`*;)←懲りろよ!

御影








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2007.02.28