絶対可憐チルドレン妄想SS
なんでこんなことになってるんだろう―――
椅子に座らせられ、後ろ手に手錠で拘束された手首が擦れて熱を持っている。
皆本は自分の不注意を呪った。
猛烈に呪った。
あの時差し出された『愛情たっぷり手作りクッキー』なるものを絶対に口にすべきではなかったのだ!
出来うることならば、僅かな違和感を感じながらも、人(特に皆本)に対する気遣いを最初から持ち合わせていないような子供達が自分のために…と、胸をじーんとさせつつ素直にアレを口にした自分を半殺しにしてやりたい。
二、三個つまんで胃に収めた途端目の前が真っ暗になり、起きたらこのザマである。
冷静に考えれば、皆本で遊ぶことを生き甲斐にしているようなあの子供達が、何の企みもなく、自分に何かを贈ろうとするはずなどないのだ。
そもそも、例のクッキーの形は市販のものかと見間違うばかりに整ったものだった。
いつも自分に家事をやらせて今日はアレ、明日はコレ、と注文をつけるだけで、皿洗いさえしたことのない奴らにあんな完璧なものが作れるとは到底考えられない。
なんでこんな簡単なことが分からなかったんだァァア!!
巷では若き天才科学者ともて囃されているが、優秀なはずの頭脳は肝心なときには全く役立たなかった。
「なんだァ、皆本。」
頭をぶんぶん振りながら嘆いている皆本に、呆れたような声がかかる。
うんざりした様子でうなだれていた顔をあげると、皆本をこの状況に陥れた件の子供達が、何食わぬ顔で豪華なティーセットの用意されたテーブルについていた。
自分達は楽しくティータイムと決め込んでいるらしい。
「お前ら…」
「何怒ってんの?
あんまカリカリすんなよ、生理か?」
ムシャムシャとおいしそうなスコーンを貪りながら、どこぞのおっさんのような大股開きのリラックスした様子で言われて、皆本の額にピシリと青筋が浮き上がった。
自己嫌悪にどっぷりと浸からせてくれている元凶その一だけには言われたくない言葉だ。
「まぁまぁ、薫ちゃん。皆本さんも落ち着いて。
もしかして気分でも悪いのかしら?」
そんな皆本の胸中を知っているはずの元凶その二が、優雅に紅茶をすすりながらやんわりとたしなめた。
皆本の体調を気に掛ける様子は、笑顔でクッキーに薬を盛った輩と同一人物とはとても思えない。
「ええやん、ええやん。
好きにさせとったき。
どーせこれから、ウチらに怒るような余裕なくなるんやから。」
ティーテーブルに頬杖をついてニヤニヤと笑いながら、元凶その三が不穏なことをのたまっている。
いつも皆本はんに迷惑かけとるから、ウチら頑張ったんや…と目を潤ませていたのはどこのどいつだ?
双子の妹か何かか?
皆本は、最近すっかり短くなってしまった自分の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
「お前ら…いい加減にしろー!!
いくらなんでも、やっていい事といけない事はあるだろうが!
分かってるのか、これは拉致・監禁罪にあたるんだぞ!?
一体何のつもりだ?
それに、みたところバベルの建物じゃないようだが…ここは何処なんだ!」
一通り室内を観察してみたが、南側が全面ガラス張りになっていて、周囲にあまり建物の影が見えないことから、かなりの高層ビルだということは分かる。
だだっ広い空間には四つのドアと白い壁に備え付けられた馬鹿デカいスクリーン、その前に配置された高級そうなソファ、その後方で子供達がティータイムを楽しんでいるテーブルセットと椅子に縛り付けられた皆本がいるだけだ。亜t
真っ白な毛足の長いふかふかの絨毯が敷き詰められ、いくらするのだろうか、調度の一つ一つも一目で職人のものと知れる繊細な細工が施されている。
記憶力には自信があるが、このような金のかかった施設はバベルでは、ついぞお目に掛かったことがない。
研究費や研究所の維持費だけでも火の車状態であることは、他ならぬ研究者でもある皆本自身がよく知っている。
「どこって…さぁ?知らね。」
とても食べきれないスコーンの山を、三分の一にまで減らした薫が首を傾げた。
「今回ウチが運んできたわけやないしなぁ…。」
相変わらずニヤニヤ笑いを浮かべた葵が、おもしろそうにこちらを見ている。
「オイ…どういう事だ。」
拉致した犯人が監禁場所が分からないなんてことあるか。
怪しい雲行きに皆本は眉をしかめた。
そういえば、先程の葵の不穏な発言が気に掛かる。
嫌な予感に襲われる皆本にあっさりトドメを刺したのは、優しい笑みを浮かべた紫穂だった。
「私の能力でも、兵部さんの思考は覗けないしね。」
なにィィィイイーーーー!!!
「兵部!?今、兵部と言ったのか紫穂!!」
皆本は椅子を倒さんばかりに身を乗り出した。
血相を変えた皆本の様子にもお構いなしに、天使の笑顔で悪魔の言葉が告げられる。
「だって今回の事は兵部さんが持ちかけてきた計画だったんだもの。
エルメスの冬の新作バッグ買ってくれるっていうから。」
「ヤバいことになってもなんとかなんだろー。
イザとなったらここぶっ壊せばいい話じゃん。
あたしも絶版になってる愛川もものヌード写真集がちょー欲しかったんだよねー。」
「まっ、ウチは別に欲しいモンなんかないんやけどなぁ。
薫と紫穂が乗り気やし、何よりめっちゃオモロそうやん?」
オモロそうやん?じゃないー!
どこに敵と結託して味方を陥れる奴がいるんだ!!
皆本は叫びたかったが、にこやかに「ここにいる。」と言われそうだったので心中で罵倒するに留めた。
「そ、それでヤツは何処なんだ…?」
今にも怒鳴りだしそうな自分を抑え、持てる忍耐力を総動員して引きつった笑顔で尋ねる皆本に答えたのは、子供達ではなかった。
「僕ならここだよ。」
四つあるうちの扉の一つから出てきた兵部は、相変わらず何を考えているのか分からない微笑みをたたえてそこにいた。
いつもの詰め襟の学制服姿で、何故か左手には苺のショートケーキが乗った皿を持っている。
「よう、これめっちゃうめーぞ。
それもお前が作ったのか?」
かじりかけのスコーンを両手に握った薫の物欲しげな視線が、べったりと兵部の左手に貼りついている。
それ、も……?
「まさか……」
思わず凝視する皆本に、兵部はにっこりと微笑みかけた。
「これは、これは、女王様のお口に召したようで何より。
でも残念だけど、あのクッキーとこのケーキは彼のためだけに腕によりをかけた特別製なんだ。
その代わり、今度埋め合わせにおいしいチョコレートケーキを焼いてきてあげるよ。」
こいつの手作りなんて怪しいこと極まりない。
分かっていたら、そんなもの絶対に口にしなかったのに…!
「『愛情たっぷり手作りクッキー』ゆうんは、あながち嘘やなかったっちゅうわけやな。」
ああそうだとも、嘘はお前らの俺に対する感謝の気持ちだったってことだよ!
目の前でニヤニヤ笑っている葵を締めあげたくなる自分を、誰も咎められないだろう。
と、ギリギリと子供達を睨み付ける皆本の目の前に、生クリームと柔らかそうなスポンジを乗せたフォークが突き出された。
「はい、あーん。」
左手に皿を持った兵部が、どこから取り出したのか、フォークを右手に握ってにこにこ笑いながら隣に立っていた。
「そんな怪しいモノ、誰が食うかっ!」
兵部から反対方向に、思いっきり顔を背ける。
口元にぐいぐいフォークが押しつけられるが、決して開くまいと唇を引き結んだ。
「おやおやおやおや。素直じゃないなぁ。
せっかく君に喜んでもらおうと思ったのに。これは困ったねぇ。」
楽しくてたまらない、というような口調で言われても説得力など全くない。
一旦皆本から離れた兵部に諦めたのかとほっと息をつくと、テーブルに皿を置いてすぐに引き返してきた。
くれぐれも手をつけないように、と言い置いているその姿に最悪の想像が脳裏をよぎる。
皆本は、じりじりと近づく兵部を睨みながら口を開いた。
「それにも何か盛っているんじゃないだろうな……」
フフフと笑う兵部は答えない。
皆本は自分の予想が当たってしまったことを確信した。
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2005.10.27