幻水5詰め合わせ:エルンスト編











こつ、こつ、

軽く扉を叩く音に気付いて寝台から軽く身を起こす。

「王子様、夜分遅くにすみません。」

聞いたことのない耳障りの良い声に、誰だろうと首を傾げた。
どうぞ、と小さく返すとカチャリと扉が開いて、橙色と黄色の不思議な色合いをした髪が覗く。

「君は…」

「エルンストです。この姿では、あんまりお会いしたことがありませんね」

照れたようにはにかむ青年が、蝋燭の薄明かりの中で佇んでいた。
豹の姿の時のふかふかの毛皮はなめらかな褐色の肌に変わり、耳も尻尾もすっかり消えてしまっている。
確か、紋章の力であまり人間の姿に戻れなかったはずじゃと疑問を浮かべれば、それを察したエルンストが先に答えた。

「満月の夜は、人間の姿に戻れるんです。
俺、実はすごい甘党で。でも豹の時は味覚が違うのかあまり食べられないから、いつもこの時に食いだめるんですけど…今日はレツオウさんに特別に作って貰ったから王子様もどうかと思って。
あの、王子様も甘い物がお好きと聞いていたので…でもこんな夜遅くに、やっぱり迷惑ですよね…」

返事も聞かないうちからしゅん、と落ち込む姿は、まるで萎れた耳と尻尾まで見えるようで、豹の時を思い起こさせて少し可笑しい。

「ありがとう。全然、迷惑なんかじゃないよ。
ちょうど眠れないって思っていたところだったから」

くすくすと笑いながら告げると、沈んでいたエルンストの表情がぱっと輝く。

「良かった…!一度王子様とちゃんとお話してみたいってずっと思ってたから、すごく、嬉しいです」

あまりの喜ばれように、見ているこちらも嬉しくなって微笑みが零れた。
近くまでやってきたエルンストに隣を指し示すと、手に大事そうに抱えていた包みをどさりと脇に置いて、次々と中身を取り出してみせる。

「えっと、これが林檎の蜂蜜漬けで、こっちが自家製ブルーベリーとラズベリーのクリームタルト。木苺のジャム入り特製ヨーグルトに、あれがチョコレート風味のチーズバー…」

色とりどりのお菓子の入った瓶や包みが際限なく出てきて、狭い寝台の上はすぐにいっぱいになってしまった。
どれもこれもたまらなく美味しそうで、甘い物が好きな自分はあれもこれも目移りしてしまう。
甘党が二人揃えば話のネタが尽きることはなく、太陽宮で口にした珍しい菓子の話をしたり、諸国を興行して回っているエルンストの他国の菓子や祭などの話を聞いているうちに、楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

「…それでね、ゲオルグもケーキが大好きなんだ。
あんな恐い顔してるのに、おかしいでしょ?
すっごく眉をしかめながら、ケーキを食べて、『うまい!』って!闘神祭のときも……」

「あ、王子様、ついてますよ」

「うん…?」

話を遮られて小首を傾げると、唇の端をペロリと舐められた。

「え…」

驚きにくるりと瞳を丸めると、始めのうちはきょとんとしていたエルンストの顔が、すぐにカァッと真っ赤に染まる。

「あ、その、これはえっと、豹の時のクセでつい…あの、本当にごめんなさい…ッ!」

「いや、あの…うん、僕もごめん…」

何故だか分からないが、お互いしどろもどろで謝りあって、赤い顔を俯かせた。
なんでだろう、こんなの何でもないじゃないか。
ふかふかの毛皮が嬉しくて、抱き着いたりほお擦りしたりよくするし、顔中舐められることもあるし、ほら、いつもしてることだ…。
そう自分に言い聞かせるのだが、ドキドキと早鐘を打つ心臓はなかなか落ち着いてくれそうにない。
と、バッと勢いよく隣で立ち上がったエルンストが、赤い顔のまま口を開いた。

「あのっ、もうこんな時間ですし、俺もう寝ますね!
明日もお忙しいでしょうから、王子様もゆっくりお休みになってください!」

そう言い残すと、脱兎のごとくすごい速さで部屋を飛び出ていってしまう。

「お…やすみ…」

エルンストに負けず赤い顔で呟くのを、窓から覗く真ん丸の満月だけが静かに見つめていた。



















エルンストは豹バージョンも人間バージョンも可愛いですよねー!(萌

御影








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2007.02.22