獣の家:幼少時代











その日、雲雀が小学校の下校中に絡んできた柄の悪い不良高校生三人組を愛用のトンファーで地に沈めて屋敷に帰ると、広い玄関に見慣れぬ上等な革靴が揃えられていた。
めずらしい。
大会社を経営する父親は多忙で、政略結婚で結ばれた両親は雲雀が生まれる前から険悪な夫婦関係を続けている。
雲雀が生まれてからは義務を果たしたといわんばかりに家に寄り付かない両親を、雲雀が屋敷内で見かけたことなど両手で足るほどの回数しかなかった。
尤も、雲雀がそれを気にしたことなど一度たりともなかったが。
ふと視線をずらせば、父親の革靴の隣に並ぶ、くたびれた安っぽいスニーカーを見つけて、雲雀は眉間に皺を寄せた。
これはどういうことだろうか。
父親に数多の愛人や隠し子がいることはよく知っている。
勿論母親にも多くの愛人がいるし、両親が誰と何処で何をしていようが雲雀にはどうでもいいことだ。
だが、自分の領域に関わってくるとなれば話は別である。
雲雀の記憶するかぎり、今までこの屋敷に父親が愛人や隠し子を連れ込んだことはない。
嫌な予感に舌打ちしつつ、お帰りなさいませと頭を下げる使用人達を無視して自室へと進む。

「き、恭弥様…奥座敷で旦那様がお待ちです。」

あわてて取りすがる使用人を、雲雀は横目でギッと睨み付けた。

「ぼくは、何の用もないんだけどね。」

「し、しかし…恭弥様の今後にも関わる重要なお話があるそうですので、どうかお聞きいれ下さいませ…。」

鋭い眼光に後退りつつなおも言い募る使用人に、雲雀は興味なさげにフンと鼻を鳴らすと、奥座敷へときびすを返した。
無駄に広い屋敷を、足音も立てずに奥へ向かう。
機嫌の悪さも露に乱暴に障子を開け放すと、いけすかない父親の、いつもどおりの無感情な視線とぶつかった。
(自分とよく似た面差しらしいが、雲雀は常日頃いけすかないと思っている。)

「恭弥、そこに座りなさい。」

促されるが、無視してその場に佇む。
その様子を見て取ると、父親は何事も無かったかのように話しはじめた。
自分の態度はいつものことなので、注意はない。

「綱吉君だ。今日から彼はお前の兄弟になる。
この屋敷にも住むことになるから、挨拶しておきなさい。」

そこで初めて、雲雀は父親の隣の小さな影にじろりと目を向けた。
先程からびくびくとした怯えた視線を感じてはいたのだが、あえて視界に入れていなかった。

「は、初めまして…今日からお世話になります、沢田綱吉です。
えっと、恭弥君は今9歳だから…俺の方が6歳お兄さんになるのかな?
これからよろしくお願いします。」

「………先月、10になったけど。」

「えっ‥あ!……ご、ごめんっ!! 小学五年生って聞いてたから、俺てっきり…」

「別にいいけど。」

焦ったようにぎこちなく浮かべた笑顔、着慣れていない、詰め襟の学制服の上からでも痩せた貧相な躯がよく分かる。
自分と父親はもちろん、あの高慢な母親に似たところなど、かけらも見受けられない。
奔放にはねた色の薄い髪がふわふわと揺れ、怯えを映した同色の大きな瞳がきょろきょろと忙しなく動いていた。
取るに足らない、小動物だ。

「で、なんでここに来たの?
愛人の子供の分際で、よくもぬけぬけと本家の敷居をまたげたものだね。
ああ、人のものと分かっておいて手を出すバカ女の子供だから当然か。」

「恭弥。」

冷たく見下ろして、無感情に吐き捨てる。
僅かに眉を寄せた父親がたしなめるが、構わなかった。
さて、泣くだろうか、それとも俯いて黙り込むか。
まだ幼いが、次期当主として英才教育を受け、帝王学をたたき込まれている雲雀には、既に支配者としての威圧感が備わっている。
雲雀が外を歩けば、街の不良はおろか、大人達も道を開けた。
雲雀に対する反応は、畏怖か恐怖か。どちらに一つだ。
今回も同じだろう、とつまらなさげにぶるぶると震える薄い肩に目をやる。
が、雲雀の予想は大きく外れることとなった。
大きく震えていた綱吉が、突然すっくと立ち上がり、こちらにつかつかと歩み寄ってきたのだ。
何事かと思っているうちに、渾身の力で頬を張られる。
雲雀には何のダメージも与えることはなかったが。
予想だにしない行動に一瞬呆気にとられるが、直ぐに袖の下に忍ばせたトンファーで打ちのめした。
細い身体が簡単に吹っ飛んで、派手な音を立てて畳に叩きつけられる。

「話はこれで終わり?じゃあ僕はもう行くよ。」

そう言って座敷に背を向けるが、今度は父親に咎められることはなかった。
何処からどう見てもおとなしそうな少年がいきなり殴りかかるとは、思いもしなかったのだろう。

「…ま…て、よ‥!」

しかし代わりに、数歩も行かないところで擦れた声に呼び止められる。
雲雀がゆっくりと振り返ると、激しく怒りに燃えた瞳がそこにあった。
驚きに見開かれた切れ長の黒瞳が、次の瞬間愉しげに細まる。
おもしろい。
雲雀はにたり、と口の端を吊り上げた。
これまで当然雲雀に逆らうものはいなかったし、得意のトンファーで打ちのめして立ち上がったものなど一人もいなかった。
背中にぞくぞくとするものが駆け抜ける。
躯の奥で、どす黒く狂暴な何かが、ぞろりと鎌首をもたげた。
そんな雲雀の様子に気付く様子もなく、綱吉がよろよろとふらつきながらもなんとか立ち上がる。
ひたと雲雀を睨み付けて、口を開いた。

「…俺のこと、は、何と言われようと構わない…けど、母さんのことは悪く言うな‥!
身寄りもないのに、母さんは女手一つで俺をここまで育ててくれた…。
生れ付き心臓も悪かったのに、つらそうなところなんか一つも見せず、いつも笑顔で…。
言っとくけど、雲雀さんの援助を受けたことなんて一度もないし、会ったのも母さんの葬式が初めてだよ。
ずっと死んだって聞かされてたから、父親がいることさえ知らなかった。
…殴ったことは悪いと思う。
でも、俺、謝らないから。」

「……………ふーん、死んだんだ。」

「…なっ‥!」

馬鹿にしたような雲雀の言葉に綱吉の柳眉が跳ね上がる…が、綱吉はぐっと両手を握り締め、今度は雲雀の父親に向き直った。

「…雲雀さん、俺を迎えてくれるという申し出はありがたいですが、やっぱり俺、帰ります。
いろいろ悩んでたけど、バイト先の店長が面倒見てくれるって言ってくれてたし。
本当にありがとうございました。」

きっぱりと言い放つ綱吉を、少し焦った様子で父親が引き止める。

「…しかし、学校はどうするんだ。恭弥にはよく言って聞かせよう。
せめて、もう少しここにいなさい。」

ほんとうに、おもしろい。
あの父親が隠し子を連れ帰ることだけでも前代未聞のことなのに、ましてや引き止めるなんて、まさに晴天の霹靂だ。
いつも冷徹さを映す瞳が、綱吉を見るときふっと弛むのには気付いていたが。
雲雀はそんなことを思っているとはお首にも出さず、殊勝な様子でうなだれて見せた。

「…ごめん。ぼく、他に兄弟がいたなんて、ショックだったんだ。
……許してくれないかな、兄さん?」

え…、先程とは全く異なるしおらしい態度に綱吉が戸惑いの声を上げる。
あの雲雀が謝罪をするとは、と酷く驚いたようだった父親も、何かを感じ取ったのか早々に綱吉を部屋に促した。

「ともかく疲れただろう、今日のところは休みなさい。荷物はもう運ばせてある。
恭弥もああ言っていることだし、出て行くかどうかは後でゆっくり考えればいい。
誰か、部屋に案内しなさい。」

近くに控えていたのか、「かしこまりました。」と何処からか現われた使用人が、でも、と言い募る綱吉を有無を言わせず連れていく。
その後ろ姿を愉しげに見つめる雲雀に、父親が静かに声をかけた。

「お前も、少し自粛するように。…では、私はこれで。」

そう言って、玄関へと足を踏み出す。

「父さん、」

呟くように呼ばれて、僅かに目を見張った。
父親らしいことをしてやったこともないが、父さんなどと呼ばれたのは初めてだった。
振り返って、我が子ながら全くつかめない、その端正な横顔を凝視する。
雲雀は、今だ綱吉が立ち去った方向から視線を離さずに、わらっていた。
自分も無表情とは言われるが、幼いながら全く感情というものを表さなかった息子の笑顔を見るのも、初めてのことである。
驚きのままに立ち止まっていると、雲雀が不意に言葉を続けた。

「…あれ、僕にくれるよね?」

赤い舌が、ぺろりと舌なめずりをした。

何かをねだられたことも初めてだ。

「……好きにしなさい。」

一瞬、言い淀むが、結局はそう答えて今度こそ早足で玄関へと向かう。
六時からの会議に遅れてはならない。
それきり彼は、その事については考えなかった。



















ぐっはあ!
しかもめっちゃパラレルだし雲雀さん小学生にしてるし何か別人だし雲雀さんのお父さん捏造しまくりだし奈々さん死なせちゃってるし…ほんとうにいろいろすんませんむしろ生きててすんません。
でも最近敬語攻めばかり書いてたから書きやすかった…!(あ
照もLも骸もサイも敬語ですから…いまいち書き分けできてないような…(爆)
うちの雲雀さん…なんだか策士っぽい……雲雀さんはこんな打算しないよ!
うそでもごめんなんて言わないよ!
鬼畜えろぐろ大魔神だよ!(ぇ

御影








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2005.12.01