二月十四日、朝











二月十四日。

「いってきまーす!」

ツナははふはふと白い息を吐きながら、玄関を飛び出した。
この日はツナにとって毎年縁遠いものであるのだが、今年はハルがチョコをくれると公言していたし(「ハルのすぺしゃる愛妻チョコ受け取ってくださいね!」)、それになにより…。
……京子ちゃん、もしかしてもしかしたらチョコくれたりなんかしてくれないかなぁ…。
なんていう期待が、朝は重くなりがちなツナの歩みを軽くしていた。
が、数歩もいかないうちに、ツナの足は地面に凍り付いた。

「ひッ…ヒバリさん…!」

「遅いよ、つなよし」

期待と寒さに少し赤らんでいた顔が、ぐるぐる巻きのマフラーの下でさっと蒼いものに変わる。
うわーうわーうわーなんでこの人が朝っぱらからこんなとこいるんだよっ!?
ごっついバイクにまたがった天下の風紀委員長さまが、黒い車体の上から鋭くこちらを見下ろしていた。
気に入られている(リボーン談・ツナは絶対違うと思っている)のだか何だか知らないが、最近とみに自分に構うこの狂暴な風紀委員長がわざわざ早朝から待ち伏せしていた目的が皆目見当もつかない。
ツナは怯えながらも、おそるおそる口を開いた。

「…あ、の……こんな朝からいったい…」

「…こんなに僕を待たせるなんて、いい度胸だね。噛み殺すよ。」

「ひいいいいい!」

尋ねる声を途中で遮られて、思わず悲鳴が漏れる。
昨日、何か気に障ることでもやらかしてしまったのだろうか?
遅いって…まだ七時二十分じゃんよー!
そんなに寒いならちゃんとブレザー着ろよ!
第一、相変わらずシャツの上に学ランを羽織っただけの雲雀の姿は確かに寒そうではあるが、マフラーも手袋も耳当てもしているし………ん?
某ネズミーの手袋の形をした耳当て部分に、アームのところにねずみ耳がついた耳当てと、これまた両端に重たそうなでっかいネズミー手袋の付いたネズミーの赤いパンツ柄マフラー、極め付けはそのまんまネズミー手袋な手袋を装着した雲雀が、切れ長の黒瞳を怪訝そうに眇めた。

「……なに?」

「いえっ!ほんとになんでもありませんっ」

いつぞやの黒曜の一件以来、雲雀に懐いたらしい小さなひよこのような小鳥が、ねずみ耳の間で小首をかしげてぴいと鳴き声をあげる。
ツナは心の平安のために、それまでの光景を見なかったことにして、今度こそ用件の内容を問い掛けた。

「……待たせちゃったみたいでほんとにすみません。
それで、ヒバリさんは何でここに?…オレに、何か用事がある、ん…ですよね?」

「…………当たり前だろ。
君に用事が無けりゃ、誰が好き好んでこんなところにいるっていうのさ。」

しばしの沈黙のあと、答えにならない返事を返した雲雀が、ふいとツナから視線をはずして顔を背ける。
その怜悧な横顔の頬がかすかに上気している気がしたが、結局ツナはそんなはずがないと結論づけた。
顔を戻そうとしない雲雀と、困ったように様子を窺うツナとの間に、しばしの重い沈黙が落ちる。

「……………………。」

「……………………。」

どうしよう、なんか言ったほうがいいのかな、でもヒバリさんあっち向いたままだし、あああこのままじゃ遅刻確定だよー!ほっていくなんてことできるはずもないし、何でこーゆーときに限って獄寺君もいないんだもうどうしたらいいんだーっ!
しかし、ツナが混乱の渦に陥るなか、先に沈黙を破ったのは意外にも雲雀の方であった。

「………あげる。」

何かをぽんとツナに向かって放り投げると、わたわたと慌てて受け取るツナを振り向きもせずに、重量級のバイクを軽々と翻してそのまま猛スピードで走り去る。

「ええっ!」

ツナが落ち着いて雲雀の去った方へ目を向けたときには、すでに重低音の排気音を轟かせて嵐のように去った後であった。

「なんだったんだよ、一体…。」

手元に残されたのは、金のリボンがかけられた黒い小箱だけ。
おそるおそる可愛らしい蝶々むすびを解いて中を確認すると、ショコラティエもかくや、というような凝ったチョコレートが六つ、きっちりと整然に並べられている。
……これ…オレにくれた、のかな………?
試しにココアパウダーをふんだんにかけられた一つをつまんで口に入れると、上品な甘さがトリュフのやわらかい口溶けとともにふんわりと口内に広がった。
甘いモノは好きだし、何よりこんなにおいしいチョコレートを食べたのは初めてで、ツナの顔に幸せそうな微笑みが浮かぶ。
何故突然こんなものをくれたのかはさっぱり分からないが、少なくとも嫌われてはいないことを感じて、ツナの心はほっこりと暖かくなった。
…少しはオレのこと、気に入ってくれてるのかな?
実のところ、大いに不安だったのだ。
リボーンはああ言うものの、獄寺や山本や京子ちゃんなど人と話しているときに射殺されそうな鋭い視線で睨み付けられているし、他の人とは話をしても自分一人だけそっぽを向かれるし、その割にしょっちゅう絡まれる。
これが嫌われてなくて一体何なのだと少し落ち込んでいたので、正直今回のことはツナにとって嬉しいものだった。

「あれ、つっくん?
もう七時四十分になるけど、忘れ物でもしたの?」
小さな幸福の余韻に浸っていると、突然背後から驚いたような声がかけられる。
振り向くと、ゴミ袋を提げたまま目を丸くしてこちらを見る母の姿があった。

「や、やばい!ちこくするっ」

慌てて腕時計を確認すると、7:43というデジタル表示がしっかりと映し出されている。
気を付けるのよーっという声を背に、ツナは黒い小箱を大事そうにしっかり抱えて、通い慣れた通学路を走りだした。
数日後、見たこともないような美しい満面の笑みで、

『つなよし、ちゃんと分かってるよね?
僕の手作りチョコを受け取ったからには、ホワイトデーは十倍返しだよ。』

とツッコミ(「あれ、手作りだったの!?ていうかバレンタインのチョコだったのか!?」「十倍返しなんて聞いてないよーっ!」)を入れる間もなく上機嫌で宣言されたのは、また別のお話。



















今回は詰まることなくいけましたvていうかギャグだからいけたのか?
所詮私はシリアスもエロもだめなギャグ書き…しかもそのギャグも全く笑えないというアレっぷり。
中身ギャグな人間にシリアスなんて到底無理ですな!(泣
実はネズミーグッズで身を固めた雲雀さんとねずみ耳の間の小鳥を書きたかっただけという…。(爆)

御影








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2006.02.02