無垢な殺意











獄寺君が、死んだ。

昨日のことだった。
薄汚い路地裏にぼろ切れみたいに捨ててあったのを通りすがりの人が発見し、通報したらしい。
検死の結果では、死亡推定時刻は午後七時三十分――俺と通学路で別れた、わずか一時間後だった。
長時間酷い暴行を受け続け、吐き気が込み上げるほど無残な状態だったらしいから、恐らく俺と別れた直後に襲われたのだろう。
脆弱な心はぎしぎしと悲鳴を上げているのに、涙はでない。
もう、流せる涙など一滴も残っていなかった。
これで俺の周りには、ほんとうに、誰もいなくなってしまったのだ。
リボーンが九代目に呼び戻されてすぐ、異変が起こりはじめた。
始めは、京子ちゃん。
下校途中を拉致され、ぐちゃぐちゃにレイプされた状態で放置されていたところを保護されたが、三日後精神病棟で自殺した。
その次は山本。
生きている間に一本一本生爪を剥がされたあげく、全ての指を切り落とされ、野球部の部室に吊されていた。
他にも、ハルも了平さんも雲雀さんもみんなみんなみんなおぞましいやり方で殺された。
そして……最後まで傍にいた獄寺君も逝ってしまった。

『…そんなお顔をなさらないで下さい、十代目。
俺は、絶対にあなたのお側を離れたりしません。』

昨日、別れるときにそう言ったのは君だったじゃないか。
学校の屋上のフェンスの前に立ち、じっと校庭を見下ろす。
午後の体育の授業だろうか、サッカーボールを追い掛ける一団が嬌声をあげていた。
今までは当たり前のように傍らにあったその日常の光景が、酷く遠いものに感じられる。
事実、この学校の何処にも俺の居場所はなかった。
今までとは違う、ダメツナといじめられるならまだしも、目の前にいるのに無視され、存在自体を否定される。
無理もない、俺と親しくしていた人物がみんな惨殺されているのだ、皆が俺が災いを招き、俺そのものが災いであるようにみなした。
それを咎めるどころか、教師でさえも俺をないものとして扱った。

カシャン。

強く掴んだフェンスが軽い音を立てる。
腕に力を込め、足をかけたところで唐突に呼び止められた。

「おやおや、こんなところで何をなさっているんですか?綱吉くん」

おかしいな。もうこの学校で俺に声をかける人なんていないはずなのに。
ゆっくりと首を巡らせると、三日月をかたどった色違いの二つの瞳を見つけた。
いつもと何ら変わらない、柔らかな微笑みがそこにあった。

「………骸さん」

そうだ、まだ自分のまわりにはこのひとが残っていたのだ。
フェンスに足をかけたまま、近寄る骸を見る。
手が触れるか触れないかの距離まで近づいたところで、ようやく口を開いた。

「それ以上近付かないで下さい」

「…本当に、今日のあなたはどうなさったんでしょうねぇ?
どうして近付いてはいけないんですか?」

「…あなたのことだから、もうご存じでしょう。俺の傍にいれば殺されます。」

「まさか!…クフフ、僕が簡単に殺されてくれるとでも?
それに、安心して下さい、僕は君の仲間ではありませんから。
それとも、綱吉くんは僕のことを仲間だと思ってくれているのですか。」

そう、おどけたように言って顔を覗き込まれる。
おかしくてたまらない、というように吊り上がった紅い唇がやけに勘に障った。

「……ふざけないでください。
俺はあなたのことを心配してるんです…骸さんは仲間じゃないと言うけれど、向こうはそうは思ってくれないでしょう。」

昨日、死ぬ前に獄寺君が言っていた。
犯人はおそらく、ボンゴレのものだと。
俺に手出しすることは九代目に禁じられている。
だから俺の仲間を殺し、何の味方もない俺を塊儡にする気らしい。
無関係なはずの京子ちゃんとハルは、俺への見せしめだろうということだ…逃げるな、と。
黒曜の一件以来、何を思ったのか、骸はよくこうしてふらりと現れた。
ピンチを救ってもらったこともあるし、共に戦ったこともある。
当たり前のように家に来て、何食わぬ顔で晩ご飯まで食べていったこともあった。
俺はといえば、会えばいつもビクついていたが、始めの恐怖心は既になく、最近では頼ることもしばしばだった。
本人がどう思っているのかは知らないが、少なくとも俺はもう彼を敵だとは思えない。
…仲間が姿を消しはじめてからは一度も会っていなかったけれど。
だから彼まで考えが及ばなかったわけなのだが、もう誰にも死んでほしくなかった。
せめて彼だけは、死んでほしくなかった。
たとえかわりに俺が死んでも。

「クフフフ…心配してくれるなんて、嬉しいですね。」

骸は微かに頬を上気させ、嬉しそうに微笑んだ。
話を聞いてないのか。
むっと眉を寄せるが、思い直して背を向ける。
十分に距離をとったあと、再びフェンスに足をかけた。
今度は止まらない。
勢いをつけて向こう側に降りる。
振り返れば、骸は腕を組んで愉しそうにわらっていた。

「…もういいですよ。俺が死ねばいいことなんですから。
骸さんが死ぬことはありません。」

「ほんとに困りましたねぇ。だから僕は絶対に殺されたりしませんよ。」

「獄寺君も昨日そう言いました。」

「それは彼が弱かっただけでしょう。」

ね?と可愛らしく小首を傾げられるが、仲間のことをけなされたくはなかった。

「嫌いじゃないけど、あんたって人は本当に最低ですね。
俺の仲間を悪く言わないで下さい…彼は俺なんかよりもずっと強かった。」

「クフフ…好きとは言って下さらないのですか?」

前々から残忍で最低極まりない人物だと知っていたが、彼はやはり最後まで最低だった。
俺が風が吹けば今にも落ちそうな場所に立っているというのに、余裕を崩さないのが憎たらしい。
こっちは思い悩んで本気で死のうとしているのだ、もう少しましなことを言えないのか。
しかし、この普段のやりとりにも似た会話が俺の気を少し軽くさせたことも事実だった。
そうだ、俺がさっさと死ねば終わるのだ。
早く終わらせよう。
先刻よりずっと軽くなった気持ちで、落ちるぎりぎりの場所に立つ。
最後に別れを告げようと、もう一度だけ振り返った。

「今まで、ありがとうございました。
何だかんだ言って楽しかったです…じゃあ、さよな―――」

「本当に弱かったですよ、彼。」

しかし、別れの言葉は途中でさえぎられた。
何時の間に近寄ったのか、甘やかな美貌が眼前でにっこりと微笑んでいた。

よわかった…?

「……何ですか?」

「クフフ、まだ分かりませんか?僕がやったんですよ、あ・れ。」

「……え?」

「もっと早く気付くかと思いましたが…最近姿を現さなかったのに微塵も疑わなかったんですか?
まぁ、それも綱吉君らしくて大変可愛らしいですが。
だからね、心配しなくても僕が殺されるなんてありえませんよ。」

そう言ってまたクフフ、と笑いを洩らす相手を信じられない思いで凝視する。

「…な…んで、そんなこと…。」

「なんでって、」

骸はきょとんと首を傾げた。

「君が言ったんじゃないですか。
だってこれで、綱吉くんの好きなものは僕だけでしょう?」

「…それだけで‥!」


確かに記憶がある。
最近何の気紛れか、事ある毎に骸はツナに愛していますだの好きだのと告げていた。
いつだったかツナの部屋で二人きりになったとき、またそう言葉を掛けられたけれど、その時はいつもと違って続きがあった。

『僕がお嫌いですか?』

『…いえ、そんなことは…。』

『じゃあ、好きですか?』

『…はぁ、まぁ……』

たまらなく恥ずかしかったが、しつこく尋ねられ、彼のことを好ましく感じてきてもいたので頷いた。

『では、京子さんは?』

『ぶっ…!…え、ええと‥』

『お好きなんですね。』

骸は目を細めて言い切った。
その調子で身の回りの人物を次々とあげられ、答えさせられる。

『結局、綱吉くんは皆さんお好きなんですねぇ。』

『仲間ですし…俺、ずっと友達いなかったし。
だから、骸さんのことも好きですよ。』

『でも一番じゃないんですよね。
…他に好きな人がいなくなれば、ボクがきみの一番になれますか?』

『あはは、そうかもしれませんね。』

あのとき、自分は全く真剣に取り合っていなかったが…まさかあのことを言っているのか。


「僕に対して油断してくださっていたようで、皆さん簡単でしたよ。
ああ、あの風紀委員は中々手強くて、毒ガスなんていうナンセンスな手を使ってしまいましたが。」

「貴様っ‥!」

信じていたのに…!
怒りのあまり、全身がぶるぶる震えるのを止められない。
ありったけの憎しみをこめて睨み付ける。

「…嗚呼…怯える貴方も素敵ですが、怒る貴方も魅力的ですね…。」

うっとりした視線で平然と見つめ返されて、さらなる怒りが込み上げた。
この期に及んで、馬鹿にしているのか。
頭が真っ白になり何も考えられない。
こんなヤツの思い通りになってたまるか。
一歩足を踏み出せば、何とも言えない浮遊感に襲われた。

ざまあみろ。

が、いくらもしないうちに力付くで落下が止められる。
がくん、と右腕に衝撃が走った。

「逃がしませんよ。」

ぎり、と掴まれた右腕に力を込められる。
愉しげな光を宿したオッドアイがこちらをじっと見下ろしていた。



















なんだか消化不良な感じですみません……うちの骸さんは乙女です。(ぇ
しかもめちゃくちゃキャラ殺しまくってるし…うおおおおおマジでごめんなさいいいいいいい(スライディング土下座
なんていうか本当にお目汚し申し訳ありませ‥!(汗

御影








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2005.11.28