ちかんでんしゃ











『ドアが閉まります。ご注意ください』

「うぐう」

閉じた扉にぎゅうと押しつけられて、綱吉は低くうめいた。
熱い狭い痛い息苦しい…なんていうかもうマジで死ぬコレ…先刻からそれだけが頭をぐるぐるまわっている。
毎朝のことながら、どうにかならないものか。通勤ラッシュの狭い車内は欝陶しいほどの熱気で満ちていた。
頭が寂しくなりかけたサラリーマン、香水の匂いのきついOL、詰め襟を着た眼鏡の学生、同じく詰め襟の脱色した金髪がまぶしい…いや、この手の人間とは目を合わせないに限る…とにかく、皆それぞれがうんざりした顔で人の波に埋もれている。
俺が早起きしてもう一本早い電車乗りゃいい話なんだけどさあ…でも起きれないんだよね。
日頃の不精を少し後悔したものの、綱吉はあっさりと諦めた。努力するのは嫌いだ。
そんなことをつらつら考えながら意識を彼方に飛ばしていると(そうでもしないとやってられない)、不意に背後でごそり、と動くものがあった。

「…………んあ?」

何か角張ったものが尻の狭間に押しつけられている。
大きく揺れるたびにごりりと強く押しあてられるが、しかし綱吉がそれを気にすることはなかった。
なんせ隣の人間と1cmも離れているだろうかというほど密着しているのである。
そうなると当然、鞄やら腕やらが他人にあたるもので、それをいちいち気にしていてはきりがない。
実際自分がその立場に立たされた時対処に困った…身動きが取れないのでどうしようもないのだ。
それに当たってるの気付いたら、少しは動かしてくれるだろー。
ゆえに綱吉は一心に窓の外を見つめ、努めて気付かないふりをすることにした、のだが。

……………………ン?

まだ当たってんの気付かないのかな…てゆーかもしかしてもしかするとわざとじゃないですかコレ。
故意かどうかは分からないが、鞄の角が器用に尻の割れ目を辿っている。
女であれば立派なセクハラだが、しかし綱吉は正真正銘の男。しかも三十路も近い。
いつも高校生に、へたすると中学生に間違われるけれども。
それでもくたびれた吊しのスーツを着ている以上、まさか女と間違えるはずもない…とすると、やはり故意ではないだ「うへひゃああ!!」
突然すっとんきょうな声を上げた綱吉に、車内じゅうの人間の視線が突き刺さった。
ただでさえイラついているときに耳元で叫ばれれば、そりゃ睨みたくもなるだろう。
でもこれは決して俺のせいじゃないです、不可抗力なんですー!と内心で弁解しながら、赤い顔で綱吉はへこへこと頭を下げた。
消え入りそうな声ですみません、すみませんと念仏のように繰り返しているうちにだんだん視線が離れるのを感じてほっと息をつく。

しかし…断じて考えたくないのだが…やはり、これは痴女(そう思いたい…)もしくは痴漢なの…か?

そう結論づけるのは、綱吉の思考を中断させ、叫ばせた元凶が今だ尻をやわやわと揉んでいるからである。
何が楽しくてこんなオッサンの尻を揉むのかしらないが、時に強く時に優しく強弱や緩急までつけて揉んでるのだからこれはもう間違いない。
小振りな綱吉の尻を片手でぎゅむと掴める大きさ、節くれだち筋張った長い指の感触…きっとこんな手の女性もいるに違いない、いやいてくれと一縷の望みをかけて、綱吉はそっと背後を伺った。
のだ、が。
視界いっぱいに広がる迷彩柄のTシャツ、少し目線を上げれば先程見かけた学生と同じ灰緑の詰め襟に学章が………………綱吉はすぐさま顔を正面に戻した。
ン、もうこれ以上考えない。
断じて俺は男、それも自分の半分程度しか生きてないよーな学生に尻を揉まれてなんかない!
ややこしい面倒ごとに巻き込まれるぐらいなら、多少の不快は堪えてなんとか時間をやり過ごしたほうがましというものである。

「………ンゥ……ッ!?」

そう自分に言い聞かせる綱吉であったが、抵抗がないのをよいことに大胆さを増した手が前にまわって来たことに慌てて驚愕の叫びを飲み込んだ。

おまっ…ちょっ、コレ全くやめる気配どころか悪化してんじゃん‥!
いい加減にしろ不健全学生めがー!

大事なところをそろりと撫でる不埒な手をばしりと叩き落とす。
手を伸ばすためか後ろから抱き込むように、隙間なく密着されていて、耳に熱い息を吹き掛けられた。

しかも、なんか当たってないか?

堅く熱くなった大きなものを尻の狭間に押しつけられるのを感じる。
わざとに違いない。(確信)
綱吉が手を叩き落としたことなど気にもとめていないようである。

「クフ」

ぷち

綱吉の忍耐のメーターが振り切れた。



















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2006.06.11