所詮はボクのもの:03



お題配布@BLUE TEARS









「…たくもうっ、散々好き勝手やりやがって……」

俺は重い腰をさすりながら、低く毒づいた。
結局ギアンは言葉通り俺の身体を隅々まで洗い、新しいシーツでベットメイキングをすませ、最後に食堂の開店準備を完璧に整えたあと、何やら用事があるので遅くなると言い残して上機嫌で出掛けてしまった。
その際、風呂場で再び迫ってくるギアンと一悶着あったことはもう思い出したくない。
朝から節操なく盛ってしまったせいで、ランチの下ごしらえも大幅に遅れてしまった。
そのせいで俺はけだるい身体を普段よりも忙しく動かさなければならないというのに、どうやら研究所でも上の立場にいるらしいギアンは遅刻でも余裕らしく、全くいいご身分である。
人参を刻む包丁につい力が入ってしまうのも、致し方ないことだろう。

「…あの……すみません…」

刻み終えたそれをスープ鍋に放り込んで次は玉葱に取り掛かろうとしたとき、戸口で小さな声がして、俺はふと顔をあげた。

「……誰もいらっしゃいませんか…?」

聞き間違いじゃない、女の子の声だ。
開店時間はまだのはずなのに…俺は首を傾げながら、包丁を置いて厨房の外に出た。

「ごめん、看板出てなかったかな?まだ開店前なんだけど…」

「っ…!………いえ、今日はあなたに用事があって、ここに来ましたから」

用事…?俺に?
以前に会ったことがあるだろうかと記憶を巡らすが、淡いピンクの髪や薄く透けるベールを纏ったその姿に思い当たることはない。
けれど、その悲しみを湛えた優しい眼差しにはどこか見覚えがある気がして、俺はぎゅっと眉根を寄せた。

「……わたしのこと、わかりませんか…?」

「ん…どこかで会ったことが、ある…?
見たことがあるような気がするんだけど…悪い、思い出せない…」

「そうですか…いえ、気にしないでください」

悲しげに落とされた頼りない肩に、思い出せないことが申し訳なくてたまらなくなる。
重い沈黙が落ちる中、先にそれを破ったのは見知らぬ少女の方だった。

「…あなたはもう忘れてしまっているのかもしれないけれど、私はあなたのこと、よく知っているわ、ライ」

「………え?」

先程までの気弱そうな様子から一転して、強い調子で名を呼ばれ、俺は驚きに目を丸める。
少女は凜とした佇まいでさらに言い募った。

「あなたは今、幸せですか?」

「…しあわせ、だよ…?」

何でそんなことを聞くんだろうか?俺は今、これ以上ないくらい幸せなのに。
そんな当たり前のことを尋ねる意図が全然分からなくて、俺はひどく困惑した。

「…私がいまから言うことを、よく聞いて。
あなたは今、ギアンと暮らしているのですね」

「…ああ、そうだけど……」

突然出された馴染みの名前に、知り合いだろうかと首を傾げる。
しかし、続く言葉が信じられなくて、俺は愕然と少女の強い視線を受け止めた。

「彼の紅い瞳は相手に強い催眠をかける邪眼…あなたの幸せだと思う気持ちは、造られた紛いものなの…。
あなたの本当の居場所は、違う場所にあるわ。
あなたを心配している人たちも、そこにいる。
ギアンはあなたを無理矢理この異空間に閉じ込めてしまったの…建物も、住人も代わりの物を用意して、あなたの元居た場所そっくりにここを作り替えて。
私にはそれを止めることができなかった……本当に、ごめんなさい…。」

「そん…な……うそ…」

ふるふると力無く首を振るが、少女はただ痛ましげにそんな俺を見つめるだけで、けして自分の告げた言葉を否定したりはしなかった。
嘘を言っているようにはとても見えない。
でも、俺はどうしても信じられなくて。

だって、ギアンが俺を騙しているなんて、そんなはずがないじゃないか。
愛していると熱く囁くあの男が俺を裏切るなんて、そんなこと、ありえない。

俺の迷いを悟ったのか、少女は諭すように静かに俺に語りかけた。

「いきなりこんなことを言われて、信じられないのは分かります…今のあなたは、私のことを全然知らないのだものね。
でも、残念だけど、全部ほんとうのことなの……私は、あなたのことを助けに来ました。
ギアンのいない今なら、私の力であなたを外に出してあげられる。
将軍や教授にできるだけ長く引き止めるようには頼んでおいたけれど…感づいて引き返してくるかもしれない。
早くここを出なければならないの…お願い、ライ、私を信じて……」

「……で、も………おれ、は……」

「ここを出れば、きっと全てを思い出すわ…!
あなたにも、今までに思いあたることはあるはず」

「……………ぁ……」

そんな、だってつい三日前に街に降りて商店街で買い物をしてきたのに、この世界が全部偽物のはずなんて、ない。
大通りに面した馴染みの魚屋のおじさんだって、元気に挨拶してくれた………………あれ?あそこを切り盛りしていたのは小柄なケイナばあさんじゃなかったっけ?


『いつも我らが迷惑をかけてすまぬな、店主よ』


『ライさんは一人で何でもできて、すごいなあ。ボクも見習わなきゃ』


『もーお!また看板出し忘れてるじゃない!
まったく、あんたは肝心なとこで抜けてるんだから』


『また無駄遣いして!せっかくの私の完璧な計算を壊さないでくださいね』


『オマエは…ニンゲンのくせに、不思議だな。オレたちを召喚獣として区別したりはしない。
…だから、オレもオマエを信じる』





『……………おとう、さん』





「あああああああああああああああっ」

「ライッ!どうしたの、ライ…っ?!」

慌てたように少女が駆け寄ってくるが、そんなことには構っていられなかった。
頭が、痛い。
いたくて、いたくて、いたくて、いたくて。
たまらない。
知らないはずなのに、何故か懐かしい声が、次々と響いては消えていく。
声が俺の頭の中をメチャクチャに掻き回し、ガンガンと割れそうに反響しては、強く脳みそを揺さぶった。
冷や汗がこめかみを伝って、ぽたぽたと床に染みを作っている。


いやだいやだいやだ俺は思い出したくない俺は今幸せなのになんでこんなことするんだ思い出させないでくれいやなんだこわされたくないんだ俺からギアンをとりあげないで‥!


「……ハッ……ァ……ぃや…いや、なん…だ………」

ぐらぐらと目眩がして、視界がぐんにゃりと歪んだ。
荒い息をつきながら、俺はゆっくりと床に倒れ伏す。
あの優しくて甘い声が聞きたかった。
俺の頭を大きな手の平で撫でて、もう大丈夫だよ、とつまらない不安なんか全部消してもらいたかった。

「………た、すけ……て………」



ギアン――――――



コツリ、と硬質なブーツの音が緊迫した空気を割ったのは、その時だった。

「………私の留守の間にライに何をしているのかな、エニシア?」

「…ぎ…あ……?」

「ダメ…ッ!あの眼を見ないで、ライっ!」

少女が必死で声をあげたのが遠くで聞こえた気がしたが、俺には求め続けていた声以外は、もうどうだってよかった。
溺れた人のように、助けを求めて必死に顔を上げる。
いつものように、紅い瞳が甘く俺に微笑んでいた。

「もう大丈夫だよ、ライ」

やさしく、やさしく微笑みかけられて、俺は底知れない不安が急速に溶けてゆくのを感じた。
ぜえぜえと胸を苦しく喘がせていた呼吸が、段々落ち着いたものへと変わってゆく。
愛しいと告げてくる、揺るぎない、きれいなきれいな紅い瞳。
あかい、紅い、まるで、血のような。
どうして一瞬でもこの瞳を疑うなんてできたんだろう?
こんなにひたむきに、俺だけを見つめているのに。
俺は安心したように弱々しく笑みを浮かべると、駆け寄ってきたギアンの力強い腕に、ぐったりと身を預けた。

「…君も、冗談が過ぎるな、エニシア。
性質の悪い嘘をついてライを混乱させないでくれないか。
…ああ、紹介が遅れたね。この子はエニシアといって、知り合いの子なんだ。
少し悪い癖があって、ライをからかって困らせようと思ったんだろう。
悪気はないと思うから、どうか許してやっておくれ」

「そんな…っ!わたし、嘘なんか」

「君は、黙ってるんだ」

にこやかな笑みを浮かべながら、ギアンは有無を言わせず俺を抱き上げた。

「ああ、酷い汗だ…可哀相に、少し休んだ方がいいね…。
私はライを寝かせてくるから、君はここで待っていなさい。いいね?」

「……………分かりました」

エニシアと呼ばれた少女が、決意を固めたように硬く頷く。
それを確認もせずに踵を返すと、ギアンは俺に気を使いながらゆっくりと寝室に向けて足を踏み出した。
大きな安堵のためか一気に眠気が襲ってきて、ゆりかごのような優しい揺れに、うとうとと瞼を閉じてしまいそうになってしまう。
そっとベッドの上に降ろされて、俺は最後に確認するようにギアンに問い掛けた。

「……なぁ、ギアン…………」

「ん?…なんだい?」

紅い双眸が甘く緩んで、俺の額に優しいキスを落とす。

「…ギアンは、俺のこと、騙したりなんかしないよ、な…?
ずっと、側にいてくれるんだよな…?」

「何でそんな当たり前のことを聞くんだい?
愛してるよ、ライ。世界中の、誰よりも。
…私は絶対に君を手放しはしない」

「…う、ん……そっか……」

「もう、眠った方がいい。店は私が何とかしておくから。
安心して、おやすみ…」

「…おれも、あいして…る…ぎあん……おやすみ………」


―――――あいしてる。たとえ、今までの全てが嘘の上に成り立っていたのだとしても。


紅い眼を見つめているうちに眠気が増してきて、とろとろと瞼を落としながら、俺は心の中でちいさく呟いた。
本当は何かが違うと薄々気付いてはいたのだ。
常にどこか違和感を感じていた。
けれど、それに気付いて今の幸せを壊してしまうかもしれないことが怖くて。
確かに、全てはエニシアの言う通りなのかもしれない。
けれど、その違和感を無視し続けてきたのは、紛れも無い俺の意思だ。
ギアンを想う今の俺の気持ちは、幸せだと感じるこころは、正真正銘の本物なのだ。
だからこの世界が偽物だろうと、本物だろうと、もう俺にはどうでもよかった。
明日もきっと、俺はギアンの甘いキスで目覚めるのだろう。
そのときを思い浮かべながら、俺は穏やかな眠りのなかへ落ちていった。







ライが緩やかな寝息を立てるのを見届けると、ギアンはすぐさま食堂へ取って返した。
先程まで口許に刻まれていたはずの笑みは、もうない。
何の感情も浮かべない人形のような無表情が、端正に整った顔の造作を更に際立たせていた。

「さて、自分がどういうことをしたのか分かっているのかな?エニシア」

「私は、ライを救いにきただけです」

「………救いに?
違うな、エニシア。君のそれはただの自己満足だ。
いたずらにライを混乱させ、酷く苦しめた…深く刷り込まれた暗示を無理に解こうとすればどうなるのか、君もよく知っているはずだろう。
下手をすれば発狂して死に至ることもある…ライは余計な真実を知ることなんて望んではいなかった。
君の押し付けがましい親切は、ライを深く傷つけただけなんだよ」

氷のような冷えた視線にさらされて、エニシアの背にじっとりと汗が滲んだ。
まるで物を見るような、無機質な瞳。
ライが奪われそうになれば、きっと眉一つ動かさずにエニシアを殺してしまえるのだろう。

「あなたは…!それで本当に、幸せなの?
そんな紛いものの愛情を向けられて、幸せだと思えるの?」

「しあわせ…?」

エニシアの必死の問い掛けに、ここにきて初めて、ギアンはうっそりと昏い笑みを浮かべた。

「ククッ……しあわせ、しあわせね………」

「何がおかしいのですか…!」

「いや、君があまりにも愚かな質問をするからさ…。
だって、聞くまでもないだろう?
ライが私を愛してくれる、照れたように私に微笑んでくれる………これ以上の幸せが、一体、どこに?」

うっとりと言い募る様に、エニシアの身体にぞっとした震えが走る。
ギアンはもう、正気ではない。
ひとしきり笑いを納めて無表情に戻ると、ギアンはエニシアの方へゆっくりと片手を翳した。
ぐにゃりと周りの空間が歪んで、強制的にリィンバウムへと返還されようとしていることを悟る。
エニシアはギアンをきつく睨み据えると、大きく声を張り上げた。

「そんな不安定なバランスの上に成り立っている幸せなんて、絶対に続かない!
いつかきっと、破綻するわ…ライだって全てを思い出して、あなたを拒絶するでしょう。」

「言いたいことはそれだけかい…?
君には、ここの一切の出入りを禁じる。
他でもない君の仕出かしたことだ、一度目は見逃してあげよう。
…ただし、二度目はない。
いいね、エニシア。私に二度目はない。
分かったら、肝に命じておくことだな…」

必死に抗うけれど強い力に引き寄せられて、空中にぽっかりと開いた異次元への穴に身体が吸い込まれてしまう。

「ライの心を意のままに操って、真実をひた隠しにして間違った記憶を刷り込んで……そんなことをして、ギアン、あなた、本当にいいと思っているの………」

エニシアの悲鳴のような呟きに、ギアンの口許が昏く歪んだ。

「もちろんいいさ。だって、彼は、」



―――所詮は、ボクのものだ。



その言葉を最後に、エニシアの視界は闇で真っ黒に塗り潰された。



















あまあまあまあまあまあま…と呪文のように呟き続けながら書いた結果、こんなものができあがってしまいました…。
ヒイ!なんか違うよこれ!あまあま違うネ!(滝汗
もう、アレだ…あまあまホモ本を読み漁って武者修行するしかない・・!(それ武者修行違う
次の更新は、サモではカサライか黒い兄貴になるかと思います…。
や、グラライ見たいとありがたいコメントを下さった方がいらっしゃったのでチャレンジしてみてるのですが…何故かへタレじゃなく真っ黒か変態な兄貴になってしまうこれいかに。(死
へタレじゃないと兄貴じゃないのにいいいいいいいいいいい!(号泣
ギアンさまはもうなんでもいいと思います。(いい笑顔

御影








※ブラウザバックでお戻り下さい。


2007.01.19